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エセ排外主義者との論争

2011年4月 5日 (火)

さらば愚なる者よ

「排外主義」の正当性を改めて主張する!? ちょっともう笑っちゃうんだけど。。 排外主義自体は悪役を演じれば一分の正当性は誰も否定しないだろう。そんなことは最初から言っている。

暴力行為でもやれば、オマエは本物の排外主義者への階段を一つのぼったことになる。

そして改めて正当性を主張しろ! その暴力の正当性を主張するんだ! その暴力はこのような精神性に裏付けされているのだということを主張すればよいのだ! その裏付けられた精神性が素晴らしければ、正当性は確保できるのだ。

今の時点でオマエがいくら排外主義の正当性を主張しようが、絵空事なのだ。ちょっともののわかった人なら、誰もオマエを信用しないだろう。

まえにも書いたが、ヒトラーは暴力の価値をはっきり認めていた。平和愛好や暴力否定の思想ほど彼が信用しなかったものはないそうである。

オマエのブログのヘタレ信者は、「人数が少ないから、今は暴力なんてできない。」と言ってるが、人数は関係ない。今の人数でできる暴力をすればいいだけだ。

ヒトラーの運動は6人から始まったのは有名な話だ。人間の本性というものは、暴力が嫌いではない。暴力沙汰を起こせば、一人二人は逮捕されていなくなるかもしれないが、それに惹かれて、もっと多くの信者を獲得することができるものだ。排外主義と言うならリアリズムを語れ!!


「わがドイツの平和主義者らは、国民に対する残酷な圧制が行われても暴力的な抵抗によって運命を変えなければならないなら何もしないことを選ぶのだろう。」

アドルフ・ヒトラー

「暴力はむしろ道徳的なものである。というのは、それによってわれわれが四十八年かかっても出来なかったことを、わずか四十八時間でやってのけたのだから。」

ムッソリーニ


このような本物の極右になるのだ。

「命は尊い」などとほざく人権屋では話にならない。「人権」と「命」に価値をおく者には、公につくすための暴力などできまい。今のオマエは飾り物の言葉を吐き満悦している「甘やかされたお坊ちゃん」に過ぎない。そのような者の元に集まってくる者も同罪である。

保守主義者の私の方がよほど極右じゃないか。それをオマエはいつか認めざるを得ない時が来るだろう。さらば愚なる者よ!


P.S  今回の論争において、極右評論は、こちらの質問に対して何一つ明確に答えれなかった。一般に言論活動をする者にとって、抗弁できない者は、これを思想破綻という。思想破綻を認めるのであれば、断筆をし、言論活動を停止すべきである。さもなくば、間違いを素直に認め、ブログで表明すべきである。それが言論活動を行う者の作法である。 両方ともしない奴は、言論活動を行う価値がない。精神的に死んだも同然だ。

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極右評論 逃亡!

いつも「筋だ道理だ」と他人に言ってるヤカラが、自分の「筋や道理」はあっさり曲げてしまった。他人や政治家に筋や道理をせまるだけならカンタンだろう。

今回の論争の主たる原因に対する質問には答えず、逃亡した。人のことを悪し様に言うだけ言って、決着をつけず逃げやがった。

こちらから、生放送も申し込んでいたが、それにも答えず。。

そのかわり、「オオヤマレンゲの秘書」と名乗る小者への反論に終始した。情けない。。。

私は初めから見抜いていた、

このヤカラの言葉は飾り物に過ぎないエセ排外主義者であって、土壇場では腰を引く卑怯者であると。サヨクなんだよ。サヨクっちゅうのはそういうもんだ。サヨクにとって重要なのは筋や道理ではなく、「自分が生き延びること」なのだから。

主義者というのは、たとえ命がなくなろうと主義者であることを貫き通す人間のことだ。

「自分が間違っておりました」と書くことの方が、どれほど青年らしく、清々しさを感じることか。青年にはそういう積み重ねが大事なのだ、40歳になったとき、ロクな顔になってないぞ。

今、忙しいのでまたゆっくり書こう。


2011年4月 4日 (月)

排外主義と保守主義の思想的な違い

※これは極右評論への反論でもなんでもありません。一般論です。

排外主義は、まえにも書いた通り、人種、DNAによって排斥かどうかを識別する。何度も言うが、悪役に徹して排外主義を主張するなら、私も排外主義について一分の道理を認めてもいい。

保守主義の場合は、日本の歴史慣習を重んじ、ルールや秩序を遵守し、日本国のために武器をとって闘う意思のある帰化した者であれば、これを許容する。要は頭の中身の問題である。

例えば、アメリカは移民国家である。アメリカの国籍を取得する場合は、これまで属していた国への忠誠をすべて放棄し、アメリカ合衆国に忠節を尽くし、アメリカの法と秩序を守り、アメリカのために武器をもって戦うことを誓約させられる。(保守主義的)

大東亜戦争前に、アメリカで日本人移民排斥運動があった。この排斥運動は非常に理不尽なものであった。この時のほとんどの日本人移民にはアメリカ国籍があったそうだ。要は日系アメリカ人であったのだ。法や秩序も守っていたが、「日本人はよく働きすぎる」という理由で排斥された。(排外主義的)

で、誰かが言っていたが、いい朝鮮人か悪い朝鮮人かわからないだろうと。それに答えよう。

在日韓国朝鮮人は日本の国籍を取得せず、祖国に忠誠を誓いつつ、日本で永住権を求めている人たちである。日本に忠誠を誓っていない外国籍の朝鮮人ということだ。そんなものは一匹残らず祖国にお帰りいただけばいい。朝鮮半島から強制連行された可哀想な人たちなんだから。早く祖国に帰っていただいたらいいだろう。いい朝鮮人も悪い朝鮮人も関係ない。単なる外国人だろうて。永住権を奪い外国人扱いすればいいし、外国人に関する法やルールをもっと厳しくしたっていい。

戦後日本人は、朝鮮に対する贖罪意識があったために、在日韓国朝鮮人を強制連行された可哀想な人たちと看做し、超法規的措置をとるに至った。「叩き出せ」という言葉は、戦後の朝鮮に対する贖罪意識から解放しろ!日本人よしっかりしろ!という意味である。

石平さんやラモスさんなどは日本国籍を持っていて、日本国に忠誠を誓っている。そのへんを歩いているバカな日本人より日本人らしい。この人たちまで、追い出すぞ!と宣言するのが排外主義である。日本人に純血種があるのかどうか知らないが。。

国籍取得をもっと厳しくするべきだ。忠誠を誓わせろ。誓約に反した者はただちに国籍を剥奪すればいい。剥奪すべきだ。反日の政治活動をしている朝鮮系日本人などは国籍を剥奪しろ。在日韓国朝鮮人はいい人だろうが悪い人だろうが、単なる外国人に過ぎないわけだから、皆さん揃って祖国へお帰りいただく。法を整備しろと主張するのが、「保守」であろう。

保守が綺麗事などとは言わせない。

再再 … 極右評論へ

極右評論の反論?に、私がすぐさまポコッと返すと、また返ってくるまでに、毎回2日かかる。

調べものして書くんなら、いい機会だから、ゆっくりしっかり調べものでもして、よく勉強してから、

慌てなくていいからゆっくり落ち着いて考えてから書きなさい。待っててあげるから。


2011年4月 3日 (日)

再度、極右評論へ

結局ボールを返せないまま、生放送で酒を飲んでたとかいう悪口で反論は終わりですか。

>閲覧者から動画上に書き込まれた質問に対し、「在特会の方向性とは?」「大和魂とは?」という箇所に対して副会長である岩橋女史から明確な回答はなかった。

ウソはやめなさい。明確に答えています。もう一度見直してください。方向性に関しては断言はしていません。が、提案はしています。なぜなら、在特会の方向性は会長が最終決断するものであり、私が断言できるものではありません。

>地下潜行だの暴力活動などは貴方がた在特会こそが内々で良いから皆で総括しろということを私は述べている。

何度も言いますが、在特会は排外主義を標榜したことは一度もないと思います。だから、標榜してもいないものを総括をする必要がない。「我々は保守だ」と言ってる限り、国民運動です。何度このことを言ってもわからないのでしょうか。


だんだん論点をずらさないでください。私が投げたボールを返してくださいませんか??

1、「人命は尊い」「人命を残虐に奪った者の人命は尊くない」「侵略する国の国民の人命は尊くない」「人権を守って暮らしている人の人命は尊い」「日本人だけの人命は尊い」と5つのことをあなたは言いました。それに対し、あなたが先に言った3つのことを総合して考え、私は「尊いのは人命より道徳的価値の方だ」と結論を言いました。詳しくは以前の記事を読んでください。そこで、「人命は尊い」と、いまもって言えるのですか?そして自分の言ったことがおかしい、矛盾してるとは思いませんか?


2、在特会は「朝鮮人は出て行け」とは言わず「日本が嫌いな」「反日の政治活動をする」朝鮮人に対して出て行けと言っています。それを綺麗事だと言うのなら、あなたが綺麗事じゃない行動をすれば終わる話ではないですか?? 在特会とは掲げるイデオロギーがそもそも違うのだから、在特会をもちだすのがおかしいのです。

3、で、私は排外主義者という存在も認めていますし、本物の極右排外主義者なら私も協力してもいいくらいです。。でもあなたはどうみてもエセ排外主義者です。なぜなら、排外主義を標榜するにもかかわらず、人権だの生命だのを価値とされてるからです。排外主義者は排外主義者なりの言葉使いや行動の仕方、生き方があるはずです。「排外主義者」の看板をつけるなら、なぜそういった行動を起こさないのでしょうか?? 総括すべきはあなたではないでしょうか?

4、というか、あなたは排外主義の意味をそもそもわかっていらっしゃるのですか。排外主義について在特会を引き合いに出すのがそもそもおかしいのですが。

5、なんなら、生放送で討論したっていいです。どうでしょうか。

6、あなたは日頃から保守をバカにされていますが、「保守」の意味をわかってバカにされているのですか? 

私の言ってる意味がわかっておられませんから、3回は読み返してからお答えください。

それから、優越感なんかに浸っていません。くだらぬ反論しかしないから、あなたを見下しただけです。あなたに勝って優越感など湧くはずがありません。最初から言ってるでしょう? 私に勝てるはずがないと。勝つと決まっているものに勝って何か嬉しいとでもいうのでしょうか。結局、なにも答えることができないから、ファビョっていらっしゃるのでしょうかね。

もうひとつ、もともと、私は在特会の副会長になりたくてなったのではありません。選任されたときにも書きましたが、誰かふさわしい人が出てこれば、いつでも辞任するつもりですし、もうひとつは、在特会は「保守」と言っていますが、リベラルが見え隠れしています。本当の保守になる気持ちがない場合は、こちらの方から辞めさせていただくつもりでおります。だって方向性が違ったら無理でしょう? 生来の大馬鹿者、かつ、はみ出し者ですから、どーてことはないのです。

だから、副会長がどうのこうので、私は信念を曲げるつもりがありません。辞めてくれと言われればすぐ辞める。最後まであなたと闘う気でおります。だから、煙にまいて逃げようとするでない。あなたはいつも「筋だ道理だ」と言ってるではありませんか。降参したいなら降参しなさい。さもなくば、決着がつくまでやりましょう。私は保守主義者のプライドにかけてそうするつもりです。あなたが本物の排外主義者なら、排外主義者のプライドにかけて闘うのが普通でしょう。

もう一つ、質問を加えました。

2011年4月 2日 (土)

左翼とは何か

先日の勉強会で生放送をしたが、左翼の定義について途切れていたので、ブログにあげておく。

カンタンにかけば、左翼(啓蒙思想、革命思想)とは、こういうことである。

人間の知力や理性は、神と同等である、また人間性は素晴らしいものであるという観念から、左翼的な考え方は始まっている。左翼による「個人」とは、「歴史•慣習•伝統を身につけた個人」ではなく「人類であることによる個人」である。道徳破壊の思想である。

•人間には崇高な権利がある(人権主義)
•人間は生まれながらにして平等である(平等主義)→主権を国民に授ける(民主主義)
•人間の生命は何よりも尊い→生きていることそのものが主題(生命至上主義)
•人間中心、人間尊重、人道尊重、博愛主義(ヒューマニズム)

そして素晴らしい人間の知力によって国家を設計できるという考えから、
•平等な理想社会を設計する(共産主義)
•ごめん、これわかんない(社会主義)
•自由な理想社会を設計する(資本主義)

そして人間は素晴らしいから、科学的発見により合理的な進歩がもたらされる、人間には完成可能性があると見て、
•変化によってよい結果が生まれる(進歩主義)
•合理的になんでも説明可能である(合理主義)
•科学によって合理的になんでも説明できる(科学主義)
•技術の進歩によって理想的な社会ができる(技術主義)

まだまだあるかもしれない、勉強しなくて書いてるから自信がないが。。
これらすべてのイデオロギーが左翼である。

日本国憲法はみなもご存知のとおり、日本に時限爆弾をしかけるために、フランス革命の人権宣言をもとに、アメリカの無政府主義者によってつくられた。綺麗事で固められた憲法である。9条だけが悪いのではない。全部悪い。帝国憲法に戻せ〜!

日本国憲法には、「人権」とか「国民主権」とか、「自由」とか「平等」とか「平和」という気味の悪い文字が踊っている。

そして、この日本国憲法に作られた気味の悪い人間が大量発生している。そういう私も戦後生まれである。なので、戦後しか知らない。だから、このことをよく理解して、自分は十字架を背負っているんだいうことを心の隅にいつも置いておくことが必要である。

日本国憲法に作られた気味の悪い人間たちは、日本国憲法を土台に考える。だから、右派を名乗っていながら、実は左派だということも当然起こりうる。綺麗事保守などと他人をケナしているくせに、実は自分こそが綺麗事まんさい。。思想を勉強することによって内省も反省もしていないから、随所に左派的な言葉使いや綺麗事の言葉使いがでてきてしまう。。

右派の政治運動しててこんなことを説明する必要があることの方がおかしいだろう。

サヨクが左翼ケナしてどうするんだ!親をケナすようなもんだろ!

それこそ、「運動仲間とは仲良くしましょう!」なんて、小学校の学級会のようなことを言う人もいるし。やってらんねえ。。どんなけ単純なんだ。。

こちとらは、左派を仲間だとは思っていやしない。

そんな人間がヒーロー気取りで右派の政治運動をするという乱れた世の中なのだ。

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2011年4月 1日 (金)

言葉は行動を規定する

言葉の意味も定かでないまま、「主義者」を名乗ったり「保守」をケナしたりするのはどういうことか。国語が乱れている証拠である。

ぐだぐだ説明する気もないが、相対主義者は最後には自殺という行動が必然であるし、排外主義者は非寛容の過激思想である限り、暴力行為が必然である。(私は暴力を否定するものではない。)

でなければ、主義者とはいえない。単なるエセ主義者だ。主義者を単なる飾り物のように思っている人が多いが、思想や言葉は飾り物ではない。思想や言葉は行動を規定するものである。排外主義は国民運動として成立し得ないし、少数者が血盟を誓う地下組織であるのが当然だろう。

確か、フランスの極右は、ナチスのユダヤ人虐殺について「第2次大戦史の末梢事」と言って物議をかもしたのではなかったか。彼らは、道徳の復権も訴えている。ヨーロッパの極右勢力は本物だ。彼らが「人命は尊い」などと言うはずがない。綺麗事は言わない。

バカが湧いてきているが、さもありなん。95%の人間など、付和雷同屋で強い者に巻かれろ式なんだから、初めから本気で相手にすることなどない。5%がわかってくれれば上出来だ。

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なにが書いてあるのかわからない

極右評論へ


もうしわけないが、ホントに、なにが書いてあるのかわからない。

例えば、

人命を残虐に奪った者に対しては速やかに刑罰で責任をとらせ、同様同種の凶悪犯罪の再発を防ぐことに努めるのは当然だろう。

上の主旨に反対する者ではないのですが。。

そして、

「侵略する国の国民の人命は尊くない」というのもまさしく然り

なので、これも反論ではないでしょ。ということは、

人命の尊さは「人権を守って暮らしている人か否か」「日本人か否か」で決している。

これが反論でしょうかねえ。なに?人権を守るって? やっぱサヨクじゃないか。サヨクなのか排外なのかどっちなんですかー? ていうか左翼だろ、君。「人権を守る」とか「生命は尊い」という言葉使いは左翼のものだよ。そんな当たり前のことを言わせるなよ。それに、日本人でない国民の生命が尊くないのならば、「生命は尊い」なんて言ったらいけませんよ。

とにかく、『生命自体が尊いのではなく、「良く生きる」ことが尊いのあって、ことさら「人命の尊さ」を叫ぶことは無意味どころか害毒に等しい。』というのを崩してみろよ。。前提を疑うとかさ。。そうでなければ、反論とは言えないし、なんでもいいから書いておけば反論になるなんては、バカのすることだ。

この人、負けたことがわかんない人? 投げたボールは返ってきてませんが。
負けたことがわかんない人は相手にできない。

マスコミがなんといおうと、在特会が「我々は排外主義者だ」と言ったことを耳にしたことがない。在特会は「保守」だと言ってるじゃんか。「マスコミがいってるから」という理由はいただけませんね。

「保守」というのは国民運動を目指すということなんだ。しかし、「排外」という旗をあげるなら、国民運動にはならないから、地下に潜れよと言ったまで。それがわかんないんだよね。この人。

それに。。どんどんと左翼の本性を表してしまっている。。ええかこいつ。。やめておいた方がいいのでは? 老婆心で言っておいてあげますよ。

君の頭の中は、モヤがかかっている。排外だと言いながら、端々に左翼性がにじみ出ている。言葉というものは「かっこいいから」とかで使ってはいけない。主義者を名乗るということは、そんなに甘いもんじゃない。

オマエは日本国憲法につくられた「甘やかされたお坊ちゃん」に過ぎない。「極右」「排外主義者」の仮面をかぶった戦後民主主義のお坊ちゃん。透けて見えてしまう。お坊ちゃんのヒーローごっこはやめてまえんですかねー。このような者に「覚悟」などない筈だ。腰くだけに決まってる。

2011年3月30日 (水)

排外主義というなら地下に潜れよ

私に挑戦状を叩き付けている人がいる。極右評論のブログ主である。短い反論?がきた。反論は「バカ」という2文字であった。笑っちゃう。あとは反論になっていない。

日本人のみならずとも人命は尊い。人命が尊いからこそそれを凶行によって安易且つ残虐非道に奪った者に対しては死刑制度が適用されるし、戦争・侵略という国民の生命を脅かす行為に対しては自衛手段として交戦権を行使するように私たちは国家として尊い人命を守るがゆえに他の人命を奪わざるを得ない非常な現実世界を生きている(人命が尊いなら死刑にも戦争にも反対してみろ-などと喚いているバカもいるようだが)。http://blog.livedoor.jp/samuraiari/

こんな反論?は赤子の手を捻るようなものだ。この人はまず、「人命は尊い」と言いながらも、「人命を残虐に奪った者の人命は尊くない」と言っている。そして、「侵略する国の国民の人命は尊くない」とも言っている。

さて、どういうことかと考えれば、「人命の尊さ」は、「善悪の価値観」によって決まるということなのだ。尊いのは「人命」より、道徳的価値の方だということだ。つまり、生命自体が尊いのではなく、「良く生きる」ことが価値なのであって、ことさら「人命の尊さ」を叫ぶことは無意味どころか害毒に等しい。このブログ主は自分で「人命は尊い」という命題を自分の言葉で否定してしまった。結局、私の言ったとおりであった。自爆である。

そして、次に、いつも思っていたことだが、このブログ主の文章は、文法がなく意味不明である。私は前に塾をやっていたのでよくわかるが、小学校3年生程度の文法も理解していないと思える。観念的な言葉のツギハギで、なんとかスローガンだけが伝わる程度である。「つまるところ」というのは「つまり」に値し、今まで述べたことの要約を述べるわけだが、そうなっていない。指示語が指し示す言葉も不明確である。文と文もつながっていない。意味不明な文章といえる。

こんな文章を有り難がって読む人は、頭の悪い人だろう。読者に、もともと読解力がないから、文章の意味などどうでもよく、言葉をツギハギしてスローガンに酔いしれているだけに違いない。そんな学力の人間がこの世に多いというこっちゃ。

歴史に学ばない思いつきの運動は、一時、大衆に似た指導者の元に、大衆が集まり、流行となるかもしれないが、それは必ずや歴史の荒波にのまれ消滅していく。しかし、私は消滅しない。歴史の荒波を乗り越え洗練された保守主義という思想に立脚しているからだ。保守主義は歴史の荒波をすでに乗り越えたものなのだ。…私は神と歴史と伝統に対してのみ「謙虚」であり続けるつもりだ。


長くなるが、「人格」までケナされているから、ついでに、前から思っていた、排外主義についても書き加えよう。

排外主義、差別主義は、悪党の住処である。排外主義、差別主義を唱える者は、自分は何ほどかの悪徳をしているという認識が必要である。バカは自分のバカさ加減を知ることによって、バカから逃れることができる。悪党についても同じ原理である。

在特会は「朝鮮人は出て行け」とは言わない。「日本が嫌いな」「反日の政治活動をする」朝鮮人に対して出て行けと言っているに過ぎない。しかし、排外主義は違う。人種という根拠によって出て行けと叫ぶものである。善をなすつもりで排外主義、差別主義をやるのなら、余程のバカかキチガイである。

言っておくが、私はなにも「ネオナチ」や「排外主義」を認めないわけではない。自分は悪役を演じてみせるという「ネオナチ」や「排外主義」なら、一分の道理を認めても良いのだ。

あんたが本物の排外主義者なら、悪役に徹して、たまにはパチンコ屋にダンプカーで突っ込むとか、朝鮮人を誰彼かまわず殴るとかしてみたらどうや。そして、地下に潜って秘密結社でも作ってみろや。そうしたら、私だって一目おいてやる。

地下に潜った時点であんたたちは恐れられる。ブログ書いて言葉に酔いしれるなや。それをなんというか知ってるかい? センズリと言わずしてなんというのだ。

オマエのブログの目的はなんだ 観念的な言葉を使い、もっともらしく、思想らしく見せるための言葉の羅列。思いつきでは、届かないんだよ。なんにも見えてこない。

以上にて、斬り捨て御免とさせていただいた。

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2011年3月24日 (木)

今週末は勉強会です

考えの定まらない男どもが、サヨクと言われたこと(一般論を書いたのだけれど、自分に当てはまると思ったのだろう)に腹をたて、インネンをつけてくることがままある。

生命尊重などという戦後的価値はサヨク、左翼のものだ。日本は700年以上の武家社会を保ってきた国である。武家社会には生命尊重という観念はなかった。切り捨てご免のときも、生命を奪ったことそのものではなく、それが常識に照らし合わせて「正当」であったかかどうかが話し合われた。

世界史的に見ると、フランス革命から左翼という人間理性を崇める人々が現れた。戦争に負けた日本は、そのフランス革命を元にして純粋型として戦後憲法が作られた。そして戦後日本人は歴史伝統を破壊することをもって進歩とみなしてきたのである。

私は思う!震災で亡くなった方々に思いを馳せるのもそれはそれで良いが、そうであれば、この国を2000年以上、血と汗で守り抜いてきた先人たちの思いを汲み取ることをしなくてどうする!

歴史や伝統を破壊することをもって進歩とみなすような人間たち、現在、生きてる人間の理性だけを信頼する奴らが、また、先人に一顧だにしない奴らが、哀悼だなんだと。なにを偉そうに言ってるのか、私にはまったく理解できない。

私にはピンときたが、これは保守と戦後派の闘いである!多勢に無勢であろうが、必ずや勝利してみせる!

文句がある人は来て反論してくれ。

ただし、今週末のために、プリントをたくさん作るつもりだ。反論はありがたいが、来週まで待ってからしてくれ。

第3回「先人に学ぶ会」

テーマ:エドマンドバークに学ぶ

自民党などは「保守」という言葉を多用します。2009年の総選挙においても、自民党党首であった麻生氏が「保守政党」であることを、前面に押し出していたことは記憶に新しい。ですが、大多数の選挙民に「保守主義」とは何か?と尋ねてみれば、その理解度や浸透度は果たしてどうでしょう?

フランス革命を徹底的に批判することをもって、バークは保守主義の始祖となりました。では、フランス革命とはいったい何だったのか? バークに習って、フランス革命を考察することで、左翼の本質が見えてきます。

そうしたら、あらら、自分が保守だと思っていた人も、左翼だったことに気付くのです。
フランス革命による近代はフランスにはもはやないのです。フランス革命後、フランスは180度逆に保守主義化したのです。「近代」を世界で一番、急進的に受け入れているのは実は日本なのです。

講 師:岩橋未子

日 時:3月27日(日)午後2時開会

会 場:金山神社(金山総合駅南口より南進5分)

会 費:800円

主 催:先人に学ぶ会


あと、勉強会の前に、愛国倶楽部で街宣もあります。またすぐに選挙がありますので、当分できません。ふるってご参加ください。

  日時 3月27日〈日) 12時30分より13時50分

  場所  名古屋市中区 金山総合駅南口広場

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