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大東亜戦争

2010年9月23日 (木)

心底感動したのはあの戦争だけ

私は子供のとき、感動しない子だった。小学校中学校の卒業式でも、皆がクサイ芝居のように号泣していたが、私ときたら背筋が寒くなるだけで、泣けもしなかった。

感動ドラマといわれる恋愛物語だって、友達と映画を見に行ったって泣けはしなかった。高校の頃からお笑いブームになり、皆が次の日学校で「面白かったね!!」などと言い合い、真似をして楽しんでいたが、あんなもの何が面白いのだろう??といぶかしく思っていた。

最近のお笑いなどは特に、エンタの神様??を見たときなどは、芸人の必死さに嫌悪感をいだき、「なんにも面白くない」「よくこんなもので笑えるねー」などと言って家族から嫌われる羽目にもなった。今でもベッキーや徳光などは、なんや動物が生まれたとかちょっとしたことですぐ泣いて、「感動した」などとホザいているが、バカバカしくて話にならんわい。

よく女の子が泣く場面で私などは泣けず、可愛くない女でずうっと通してきた。ここは泣く場面だろうと思っても、とにかく涙なんかでないのだ。ということで、つい最近まで感動して泣くなどということは、思い出しても一度もなく、泣いたのは「悔し泣き」と、大好きなおばあちゃん死んだときだけだった。

ところがである。ある動画を見てから、なにかが腑に落ちたのだろうか、またはなにかの知識が臨界点に達したのかわからないが、「感動する」ということが起こった。17年ほどまえから大東亜戦争について、正義の戦争だという認識はあったが、たかだか知識として知っていたということに過ぎなかったのが、その動画によって「変わることのない確かな感情」に変わったのだろう。

今では、大東亜戦争の事実を知るたびに、また歌詞などで当時の情景や当時の人々の思いを想像するたびに感動してしまって、目がうるうるして困るのである。私が心底感動するのは、生涯のうちであの戦争についてだけだろう。その感情があるから私は運動するのだ。

その3つの動画については、この前リンクを貼ったので、見たい人は横のリンクをポチッと押してもらいたい。

2010年9月16日 (木)

あの戦争は偉大であった

昨日、師匠の会合に出席した。例のごとく、はしご酒をして楽しかった。

師匠は「外国人参政権はんたーい!と反左翼が言っているが、そう言っている当の本人たちが日本人かどうか怪しいからさ。」と言った。なるほどーと思った。確かにオツムの中身がアメリカ人みたいな奴多いからね。

日本人なら「あの戦争は偉大だった。」「竹槍でアメリカ人相手に闘おうとしたあのご婦人たちは偉大であった。」と言えるはずだ。「偉大だったで終わりでいいんだよ。。」とも言われた。

師匠の本に書いてあったことを思い出した。ちょっと詳しくは思い出せないが、外国人の前で師匠が演説することになったとき、壇上で「日本は経済大国などと言われるが、そんなものはあなた方の猿真似でしかない。日本が全世界に感動を与えた唯一のことは、神風特攻隊だ。」と話されたそうだ。そうしたら会場の外国人はたいそう喜び拍手喝采だったということだ。外国人はわかっているのに、自称日本人だけがわからないんだよね。そのことが。

師匠はいつも軍歌を歌われる。軍歌といってもどこか悲哀が感ぜられる複雑な歌を歌われる。民族としての確かな感情がそこにはある。

ここに出てきておられる元軍人は、初めのうちはなんじゃかんじゃと言われていたが、

「我々後世の人間は、ただ一言、よくぞ立派に闘ってくださった。あれこれ内部を調べればシクジリも軽卒もあっただろうが、そんなことを後から生まれてきた奴が、偉そうにあの戦争のことをシタリ顔であれこれ論評すること自体が歴史に対する冒涜だ。そんな奴はサムライの時代なら打ち首獄門だ。」

と師匠が言うと、「西部先生にそう言っていただくと、我々軍人としては、本当に一生懸命やりました。」と、とうとう言われた。