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名古屋ドタバタ物語

2010年11月22日 (月)

デキてるのはオマエらの方だろうが

これは一地方のかなりマニアックなお話です。関係者以外は興味がなかろうと思います。私はK藤とS田に報復してるだけなので、そういう方はスルーでお願いします。


先日、栄での街宣に少し遅れたとき、「今どこですか?」と、仲間が何度も電話をしてきた。慌てて到着すると一人の男性が私を待っていた。その方は私と名刺交換をして、すぐに帰られた。

「???」

その男性と知り合いだという仲間がこういった。「彼はあなたのことを排除しようと必死になった連中のところに出入りしている人で、そんなに気の強い女性がいるなら、ぜひともお会いしたいということで、今日あなたを待ってたんですよ。」

S田とK藤はあれからもう1年半経ってもまだ、私についての噂を流しているとみえる。もともとアンチで引っ付いた連中だから、それしか話題はないかもね。

その噂とは、元々はK藤という女性の嫉妬から始まったものであったが、なんでも私が工作員で肉便器のような女で、○○会議を取り仕切っているH氏にハニートラップをかけ、ハニートラップをかけられたH氏はヘロヘロの骨抜きにされてしまったというものだ。あはははは!!!!! サンキュ( ^ω^)おっおっおっ

で、それは面白いからいいのだけど、その噂は名古屋中に撒かれ、去年のNHKデモのときに、あまり親しくない人たちから、私は刺すような目でみられたもんだ。それからしばらくして、名古屋の保守村は二つに割れた。アンチつながりのその人たちは今、GNKIという会でこちらを伺いながら、こちらの足を引っ張ったりして(笑)頑張っていらっしゃる。

で、当時不思議に思ったのはS田という男性である。K藤は女の嫉妬であるからしてギャンギャン言うのはわかるが、なぜ、S田はK藤の嫉妬を毎回代弁し、H氏のところに「オオヤマレンゲを排除しろ!」「オオヤマレンゲのブログを止めさせろ!」「オオヤマレンゲに協力するな!」と、毎回毎回怒鳴り込んでいたのだろうか??


K藤とS田はデキているのだろうと推測する。私がH氏にハニートラップをかけてヘロヘロの骨抜きにしてしまったという噂は、本人たちが自分ならこうするだろうという推測により出来上がったものに違いない。S田の奥様は「最近、うちの旦那がまた浮気してる。」と漏らしてたようだし。そして彼らの周辺の人間も「S田はK藤の言いなり過ぎる。」と言ってるようだし。やっぱりね。

だけどさ、私の浮いた話はみんなの噂になってしまうけど、S田とK藤の浮いた話をしても、聞いた人は「気持ちわる〜」と言うだけだもんね。参っちゃう。

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2010年8月19日 (木)

もうすぐ丸3年です

あと1ヶ月で、私がこの運動に入って丸3年になる。思えばいろんなことがあった。

3年前の9月17日、栄に瀬戸さんと西村さんが署名活動に見え、そこで新風に入りますと宣言し、すぐ入党した。当時瀬戸さんは新風の副代表をされていたので、名古屋で行動する保守運動の受け皿といえば新風だった。

それから初めて新風の会合に出席した。へんな街宣車に乗っている人とか、ハクション大魔王みたいな人とか、目つきのやたら鋭い人とか、やたらよく喋るお兄さんとか、ネトウヨの典型みたいな人とか8名ほどが集った。瀬戸さんのイメージとはずいぶん違うなぁ?? だいーじょぶかあ??と思っていた。

愛知代表のTさんが

「これからぁ!!新風躍進の!集え!もとい!!集いを!はじめまーすぅ!!」と学級委員長のように直立して挨拶されたのには度肝を抜かれた。 

ええか、このおっさんたち??? えらいところに迷い込んでしまったと思った。

しかし、恥ずかしながら私は、死んでもいい覚悟で、いや、行動する保守運動になんとか役に立てばと思い入ったので、おめおめと引き下がるつもりは、微塵も起こらなかった。あのとき私は確かに背負おうとしていた。

で、このヘンチョコリン系の愛すべきおじさんたちとの付き合いが始まった。そして私は、党員を入れて入れて入れまくった。もう少しで党から表彰される寸前で新風はやめてしまったが。

なんの因果か、半年後「映画南京の真実」の実行委員長を務めることになり、他にも保守系団体があることを知った。これらの人とも付き合い始めた。この方たちはごく一般的な人たちだったので安堵した。

こっちの方でも最初は人気者だった。でも、僻む人がいてそのうち、私は集中攻撃に会い追い出された。それからも一挙一動が非難の的となり、この人たちは、私のいる在特会を貶しに貶しぬいた。このドタバタは発端から約2年続いた。この保守系団体は完全なる村社会だったのだ。一番酷かったのは、桜井会長と鳥肌実の演説会を主催した時だった。そして申し訳ないことに、最後にはこの名古屋の保守系村社会は、まっ二つに割れた。未だに割れたままだ。

まあ、この3年間、ほんとに波乱万丈だった。私は台風の目だった。ケンカの噂あれば、いつも私がいた。わはは! 売られたケンカはすべて買った。創っては壊れ、創っては壊しの連続だった。壊し屋と言われた。一歩ずつでも進めばいいのだけれど、同じサイクルを回るのは疲れる。勘違いからずうっと仲良くやってきた人が出て行き、こちらの悪口を巻き知らしていた頃は、ほんと辛かった。3年の間に人前で数回ほど堪え切れずに泣いてしまったなあ。。。

ところが、ここに救世主が現れた。この方は「これからは私が背負いましょう。」と男気のあることを言ってくれた。私は晴れて自由の身になった。

3年かかって、旧来の同情し合い慰めあう村社会を打破し、混沌の後、落ち着くべきところに落ち着き、名古屋はようやく静まった。最近は平穏である。あとは時間が解決してくれるだろう。

地盤は固まった。強固な核ができさえすれば、核に求心力も生まれるであろう。

この前、会長が泣いていた。。いろんなことがあるのだろう。会長は全国に組織を創り、実務をこなし、全国をまわり、大衆に呼びかけ、自身の仕事をこなし、いや、それだけでない。裁判となるとこれまた精力を削がれるだろう。背負っているものが並大抵ではない。あの涙はなんの涙か??少しわかるような気がする。指導者は孤独である。

会長に良き協力者がもっともっと現れんことを! 私は願ってやまない。

2010年6月22日 (火)

終息したようですね

コメントも終息したようなので、最後に思った事を書きます。

世論の会愛知県支部とはと、つらつら考えてみると、やっぱり、女がのさばった会なんだよね。

今回のこの不始末を演じてしまったことは、物事の筋と長期的にもの考える男がおらなかったということだ。

今回の不始末は女が目先の感情に流されてしまったことの結果だ。そういう意味では、S田も女なんだよね。感情が先だもん

私には伊東代表もいるし、師匠もいる。男がおる。

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:* お知らせ ☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

【真正保守大演説会】
        
日時 6月25日(金)午後7時〜8時半
会場 ウインクあいち 名古屋市中村区名4−4−38 
      TEL 052−571−6131

登壇者 藤井孝男氏(たちあがれ日本参議院代表)
    西村真悟氏(前衆議院議員)
    三木 けえ氏(たちあがれ日本参議院比例全国区第6支部)

※同日、午後6時より名古屋駅前ロータリーにて「たちあがれ日本」の
街頭活動があります。

主催 真正保守研究会  TEL 052−763−4678 

2010年6月21日 (月)

世論の会愛知県支部がこのブログを事実無根で中傷だと書いたので、再び。。

私にもくどくど言うことが大人気ないことであるということは理解できるので、デモ終了の記事とともに幕を引こうと思っていたところ、当の世論の会愛知県支部の林事務局長から会員各位として釈明?の文章が上がった。事実無根の中傷だと書いてあるし、このイザコザに嬉々としている方も多く見受けられるし、もう一発書かせていただこうと思う。

昨日、瀬戸先生がこのブログにリンクを貼られたので、観客動員数は申し分のない状態である。
世論の会釈明文http://yoronaichi.blog120.fc2.com/

ここで、林事務局長は、瀬戸氏に対する非礼は詫びておられるが、後援を前日にドタキャンした理由については「内部事情」と「世論の会は自由な会である」いう理由で片付けている。瀬戸先生のブログには『一旦後援を公に引き受けたのにも関わらず、土壇場で「瀬戸が来るなら出ない」と言い出した』と書いてある。この非礼には驚くが、少なくともその内部事情とやらの内容について瀬戸先生と世論の会愛知県支部の会員には釈明する義務がある。

また「世論の会は自由な会である」との理由は、林事務局長の人格を疑ってしまうような言葉である。後援のドタキャンのみならず、「瀬戸が来るなら出ない」というようなことを言っておいて、「我々は自由だ」とはこれいかに。大人と子どもの差はルール意識の強弱にあるが、社会通念を外れて人に迷惑をかけておいて、「我々は自由だ」とは、子どもにも劣る行為である。よくもまあ、60過ぎた人がこんな文章を出したもんだ。


で、私にとっての肝心要の箇所は、私の記事を「事実無根で中傷が飛び交っている」と書いてあることである。

あのねえ、私はねえ、この2人に1年以上インネンをつけられていたのよ。わかる? 一時期は弁護士に相談したことも警察に相談したこともあったのよ。
平成20年2月20日、私はK藤さんに初めて会い、H20年5月8日よりK藤さんは周囲に私への不満を漏らし始めた。それからも姑のように、重箱の角を突つかれた。S田さんがそれに加わったのは、H20年11月16日。ここからさらに悪化した。そこから丸1年程、S田がK藤さんを庇って、私の周辺に怒鳴り込んできたり、私を運動から排除しようという事態が続いた。私の周りの人は辟易していた。それはそれはしつこかった。カンタンに書けばこういうこと。

中傷だと言うのなら、事務局長の林さん、S田とK藤、3人首を揃えて、私の前にいらっしゃい。いつでも相手いたしますよ。で、そのときの模様は生中継いたします。来れないでしょう。私のことを怖いと言ってるらしいもんね。なぜ怖いか教えてあげようか。やはり自責の念があるからよ。

で、もう1つは「この件に関してはS田とK藤は関知していない」というところ。
これはあり得ない。確かに後援を了承したのは、事務局長の林さんだということだと思うが、6月15日には世論の会愛知県支部のブログに瀬戸先生がみえるとの告知がしてある。ブログを管理されているのは、どなたですか〜?? 知らなかったというのはあり得ないよ。これに関してあと2つ事実がある。

1) 草莽愛知さんがこのブログにコメントされている。そこで草莽愛知さんが書いているには、「主催は草莽愛知だから、オマエがなんとかしろ」とK藤さんから詰め寄られ、電話越しにコメントの内容を読んで聞かせながら、了承を得、コメントを送信したと書いてあるのだ。これは自分には被害が及ばないように他人を利用するというのが、彼女のいつものやり方だ。

2) 世論の会愛知県支部の面々からうちの代表に「なんとかしてくれ」と1時間以上の電話がバンバンかかった。その中で林事務局長はK藤さんについて、「あの人は自分ではなにもしないから、S田さんに電話をかけてもらってる。」と言われたそうである。要は、K藤さんは、草莽愛知さんにはこのブログにコメントしろと言い、S田には「愛国倶楽部の代表に電話をしてコメントを消させろ」と命令した。やはり司令官の役割をしていたということだ。私が聞いているだけでもこうだから、きっとム○ガさんにも司令して、このブログに書き込ませたり、情報収集していただろうと思う。ム○ガさんもエライ目だあ。

これのどこが関知していないのか?私にはさっぱりわからないのだ。

まあ、とにかく、彼らは宮崎口蹄疫のことなど、どうでも良かったということだ。世論の会愛知県支部が前日に後援を取り消したということは、整合性が無いということを認めていることになる。笑うのは、自分らが行動する保守のことを、下品だうんこだチンピラだと言っていたことを、暗に認めているということだ。わはは!!!

2010年6月19日 (土)

世論の会愛知県支部は、公の団体ではないことを自ら証明してしまった

本日の討論会に行った仲間から、「誰もいないですよ。今5人しかいないです。瀬戸先生がみえてるのに、そんな失礼なことではいけないから、岩橋さん来てください。」と電話があった。

で、私は各方面の人に電話をし、時間があるなら行ってくださいと言い、私も1時間15分遅れで到着した。まあ、瀬戸先生は大人だから気にした素振りもされず、喜んで帰路につかれたから良かった。

それにしても、このブログで二枚舌のことを書いただけで慌てふためき、正当な理由もなく、連絡不足だなどとごまかし、わざわざ東京からご足労される人のことは考えもせず、後援を取り消すとは、なんたることか! 私はもしかしたら世論の会愛知県支部の誰かが瀬戸先生に対し(ウソの)釈明でもしに来るかな?と思っていたが、それもなかった。

瀬戸先生をナメきった対応である。世論の会愛知県支部は個人的感情で動いている会であることが証明されてしまった。もともとアンチ岩橋という個人的感情同士の集まりであるからむべなるかな。。

今後、世論の会愛知県支部は口蹄疫が許せません〜とか、どんなカッコいいこと言おうがダメなのだ。

それにしても、私がブログで書いてから、うちの代表のところにジャンジャン世論の会愛知県支部の人間から電話があった。「コメント欄を消してもらいたい。」と。いつも、本当にいつもなのだが、向こうは私の電話番号を知っていても私にかけてくることはない。私に直接電話したらどうだ!?

なんだかうちの代表にS田は「自分と岩橋さんとの事の始まりは一昨年の三島由紀夫慰霊祭において、岩橋さんからチョッカイをかけて来た。」と説明して、また私の周りの人を取り込もうとして来ている。バ〜カ!┐(´д`)┌ヤレヤレ

ウソを言うなよ。そのときの状況はS田が「瀬戸のヤロウがどうのこうの」と言ったから、私が「瀬戸先生を貶す人は私が許しません!」と対応したのみ。その後、S田は怒って返ったという顛末だった。全然違う。。。その場に4,5人はいたから誰にでも聞いてみるがいい。

一番笑ったのは、うちの代表が「バカモヤスミヤスミイエで、何か真実でないことがあるんですか?」と聞くと、S田は「自分はキチガイではない。」としか言えなかったのだ。

私は事実しか言ってないので、怖いものはない。公開討論会でもしようと言われれば、いつでも応じる。

勘弁してよね。

2010年6月17日 (木)

結局、嫉妬だったんだわさ

しかし笑える。

在特会や行動する保守運動を丸1年以上、下品だとか、保守の名を汚すなとか、同じように思われたくないと、世論の会愛知県支部はものすごい剣幕でまくしたて、それに加担する私をパージしようと躍起になっていたにも関わらず、手のひらを返すように行動する保守運動のリーダーの一人を招いて討論会をするという。

ビッツラした。言ってたことと全然違うじゃん。。なんだよそれ。節操ないのな。。。

結局、行動する保守のやり方がどうとかいう信念ではなく、私が個人的に憎かっただけで、自分がリーダーになりたかっただけなんだな。シッポは見えてたけどね。

嫉妬だと分析した私の言った通りであった。しつこかったもん。私の一挙一動が非難の的で工作員だとか女の武器を使ってとか言っちゃってさ、私、色気なんかないのにさ。。一番いまいましかったのは、彼女らの仲間が私のことを肉便器だの汚物だのと言っていた。レベルの低い話だけどね。

いい意味で言えば自己実現と言うか自分の存在を認めてもらいたいのだなぁ。私は初めから見抜いていた。彼女らの美辞麗句に騙される周りの人間が多かったのだ。

で、私はなにもいまさら世論の会愛知県支部を批判したいのではないが、私の分析が間違っていなかったという結果報告と、保守同士の揉め事なんて、やり方の違いで揉めるということなんか皆無に等しく、僻みとか、あいつの方が目立ってるとかいう妬みといった個人的感情によって起きるのだということを、やはり言いたいのだ。

瀬戸先生が名古屋に来られるのだろうから、本当は行った方がいいのであろうが、もうこれ以上面倒なことに巻込まれたくないから、行かないよ。

しかも討論会だって。わはは。なんだかんだ言って心の底では認めてるんじゃん。口惜しかったら反論してみんしゃい。

真似してくれてありがとさん。私のあとに続け!!