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2011年6月

2011年6月30日 (木)

おい、源太郎、写真を送れ

私のミクシーには、自分の広く浅い知識を披露するのが無上の喜びといったようなバカが、うじゃうじゃ湧いてくる。

適当に相手をしているが、次第に面倒になってくる。価値のないやり取りは面倒やろ。

おい、おまえの顔を見せとくれよ。おまえの顔が見てみたいんだよ。どうせ、しょぼい顔してるんだろ?

これ以上くだらんやりとりする前に、写真を2、3枚送ってくれ。

aikokukurabu@gmail.com

おまえの顔を見て、やりとりするかどうか決めるよ。見所があると思えば、事細かにいちいち説明してやってもいい。

ところでさっき、

そいつのメインページに行ってみた。

>【勝手な肩書き】
>・批評家見習い

無理だ。やめとけ。

>【尊敬する人】
>宮崎 哲弥

`;:゙;`;・(゚ε゚ )ぶっつ!!

私の顔はメインページに2枚貼ってあるから、卑怯者ではないだろ。

2011年6月29日 (水)

うじゃうじゃいる独身男へ

結婚したら自由を奪われ、自分の稼いだカネもなくなるから、オレは結婚しないという男性が運動に多数いる。

しかし、男は重たい荷物を背負ってなんぼだろうが。荷物を背負わない男、荷物を背負うことから逃げたがる男は、女から見れば、魅力ないのが丸わかりである。女の本能はそれを見分けることができるのだ。

そんなケチ臭いことを言う男は、この先、自分一人が生きていくのに見合っただけの器量やカネしか得ることはないだろう。そんなこと言う奴にカネがあったためしがない。

ざんねん。

カネがないから結婚できないのではなくて、結婚しないからカネがないのだ。

独身男は、自由に遊んではいられるが、気ままで虚しい堕落した生活に身を置くことになるのが関の山だろう。

パートナーがいる男は違う。成功の喜びを分かち合える伴侶を持てば、男は奇跡のパワーを得る。カネは必要な分だけ入ってくるのだ。

「人間」は人の間と書くが、所詮、人間と言うものは、自分のためだけに生きることに、虚しさを感ぜずにはいられない生き物なのだ。価値がないことだから虚しさを感じるのである。

おまえら、はやく結婚しろ。独身男なんて半人前というものだ。ちょっと知識を得たぐらいで、えらそうなこと言うな。荷物を背負え。伴侶をみつけよ。

愚民という言葉にセンチメンタルに反応する輩へ

愚民という言葉は同胞を蔑んでいるという。

あほらしい。

同胞とは同じ腹から生まれた子どものことだ。同じ腹から生まれるということは、お父さん、お母さんが同じだということだ。お父さんお母さんや、おじいさんおばあさんが殺されたら同胞たちは一様に嘆き悲しむはずだ。また、おじいさんおばあさんの名誉を傷つけられたら、怒りに震えるはずだ。


私は精神的優等生でもなんでもないが、民族の記憶と民族の心は持っているつもりだ。おじいさんおばあさんが命をかけて自らを投げ出して闘ったあの戦争に感動し畏敬の念を抱く者の一人である。勝った負けたでごちゃごちゃ言うつもりはない。

おじいさんおばあさんが負けたのなら、その屈辱の記憶と心を自分もまた胸に抱けばいい。他国の人たちなどは何百年前の戦争のことを今も胸に抱いている。これでこその同胞、国民である。

なにが同胞だ!? 私は日本列島の住人を同胞だともなんとも思っていやしない。

同じ日本列島に住んでいるというだけなら、在日朝鮮人でも在日ブラジル人でも同胞になってしまう。

日本列島の住人を同胞だと言うのであれば、彼らに民族としての記憶はあるのか。民族としての心はあるのか。

大方ないだろう。

仮にだ、DNAは朝鮮人でも日本国のために武器をとって闘うなら私にとっては同胞だ。私は排外主義ではないから。

民族の記憶と民族の心がなければ同胞じゃないだろうて。単なる同じ日本列島に暮らす人間に過ぎない。彼らは民族の記憶や心より、自分の命と金の方が大事なんだよ。

私はねぇ、知識があるとか優等生だからとかで愚民とかエリートとかの言葉を言ってんじゃないんだよ。バカ者め。

良い子の科学主義は気味が悪いんだ。

「DNAが似てるから~。なかよしこよし~。」やってろ。センチメンタルもいい加減にしたらどうだ。


私は少数いるであろう同胞に語りかけているだけだ。

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2011年6月26日 (日)

震災が可哀想なら台風の被害も可哀想です

台風がきていて地盤がゆるんでいるということだ。

土砂崩れでまたどこかの家が壊れるかもしれない。風で電柱が倒れて頭を打って死ぬ人が出るかもしれない。

しかし、2、3の家屋がつぶれたぐらいで国は面倒をみてくれない。放置である。「かわいそう」と思う人も少ないだろう。「運が悪い人だ」ぐらいで済まされることうけあい。

同じ天災でも、東北の大震災では国がある程度、面倒を見てくれる。寄付も集まる。

個人としては同じ天災での被害なのだから、どちらも可哀想なのだが。

前にも書いたが、政府が大規模な地震の被害に対して迅速な対応が求められるわけは、かわいそうだからではない。社会の秩序が混乱に見舞われるからだ。それ以上でもそれ以下でもない。

おい、震災のときに「かわいそう~。支援を!」「哀悼の意を示します。」と言って自己陶酔してた奴。オマエら、今回の台風で被害が出ても、哀悼の意を示し、同情し、支援してやれよ。 政府が動かなかったら「かわいそうだ〜 差別だ〜」といって運動でも起こしたらどうだ?

わかったか。

いい人ぶりっこしたいなら、そこまでやってみれ。

天災で被害が出るたびに、ブログで毎回「哀悼の意」を示せよ、こら。「かわいそう」に規模は関係ないだろう? 示さなかったらオマエらはあたしと同じ人非人になってしまうのだ。


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愚民という言葉をつかうのは下品の証なのか

愚民という言葉を使うのは、下品でなおかつ「徳」がないとな??

私はどーしても、こういうこと言う奴らが気に入らない。

こいつらは「品」とか「徳」とかを勘違いしている。上品か下品かは生き方に関わるものであって、この言葉を使ったから下品だとか、オホホと言ってるから上品だとか、そんなものは「品」や「徳」には関係ない。

戦後になって、「徳がある人」と言えば、「温厚な人柄」というイメージがあるが、全然違うんだよ。

何度も書いているが、徳とはなんなのか。徳を漢和辞典で調べると「価値の問題において精神的に力強いこと」と書いてある。徳とは元来、「男らしさ」「力強さ」という意味だ。英語も同じ。徳に当たる 英語はvirtueだが、戦場での「勇気」「武勇の徳」を意味していた。

イギリスなどでは王子自ら軍隊に入るだろう。あれが本来の徳なのだ。おまえさんが言う「エリートの徳」とはそういうことだ。日本でも昔のエリートである武士は常に戦闘を意識していたわけだ。

それに、おっさんよ、徳は「謙遜」だけではないんだよ。福沢諭吉は「文明論の概略」で徳を公徳と私徳とに分けている。私徳は「貞実・潔白・謙遜・律儀」公徳は「廉恥・公平・正中・勇強」

保守派は自分が愚かだとわかっているから保守派になろうとするんだ。自分の理性はとるに足らないものだと気付いているから、歴史や伝統に学ぼうとする。 反対に左翼は人間の理性を完全なものと捉えている。人間を愚かだと思っていないのが左翼である。

おい、おっさん、逃げずに反論しろよ。

人に下品だとか言いがかりをつけておいて反論に答えないのは、無礼者だぞ。

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2011年6月24日 (金)

名古屋ドタバタ物語最終章

約3年にわたって繰り返された名古屋ドタバタ物語だったが、ようやく終わりをむかえたようである。

一人の女性の嫉妬から始まり、アンチ岩橋が集まってGNKIなるものをはりきってやっていた彼らだったが、内ゲバをおこしたり逮捕劇があったり、ここへきて雲散霧消して、てんでバラバラになりおった。

風説の流布の中心人物であったS田とK藤は、いろんな人から忌み嫌われるようになり、もう一参加者以上の役割がなくなってしまったのだ。

やはり、アンチというだけでは、(嫉妬の本人は継続できても)周りの人間は気持ちが継続できないのだ。一時だけならアンチというだけも集団を形成できるかもしれないが、批判の正当性を失うとともに、集団は維持できなくなる。

集団を動かすには必ず大義名分が必要である。話はそれるが、アメリカがまあまあの国であるから、戦争をするときには、たとえ正当性なんかどこにもなくても、必ず手続きを踏んで大義名分をしっかり立てる。大義名分がなければ、兵隊は国家のために闘えない。

で、S田さんとK藤さんは、集団を動かすための、公を意識した大義名分を立てれなかったのだ。そりゃそうだわなあ。。

いや、アンチの感情にまだ一人、健在なオバさんがいるそうだ。ぶはは!!!!  このまえ、そのオバさんはH部さんの会に参加されて、いまだイヤなオーラを出されていたらしい。このオバさんはS田さんとK藤さんに煽られて天井まで登っちゃったものの、はしごを外された格好だ。転がった方が早いと思われる体型に「黒のシースルーの洋服を着てたけど、なんか腰が曲がっちゃって、年食った感じがしたよ。」とのことであった。まあ、この方は相手にならないので、そっとしておこう。

アンチが雲散霧消したことで、名古屋はいちおうH部さんの平定とみてよいだろう。平定のあとは平和が訪れるのが必然だ。

夏草やつわものどもが夢の跡

…そんな季節だ。

これで名古屋ドタバタ物語は「完」を迎えた。


番外編というのもあれだが、人間模様はこれだけではなかった。当然の帰結といえるが、アンチの力が弱まるとともに、こちらの結束力にもほころびが見え始めた。こちらが勝利したとみるや、一時なんかはH部さんがすねて、私、オオヤマレンゲに反旗をひるがえしたが、私の大人の対応で「申し訳なかった」とH部さんが矛を収めたという一幕もあった。

ああ、平和だ〜。うだるような平和である。┐(´д`)┌ヤレヤレ

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2011年6月22日 (水)

日韓友愛!

先日、在特観光より、在日の社長さんのお宅拝見ツアーにいってまいりました。超豪華なパチンコ御殿に一同感激して帰ってまいりました。

偶然、今をときめくキング観光の社長ご夫妻に会いまして、頼みもしないのに、自らガレージを開け、超高級車まで見せていただきました。高級車が4台もありましたよ〜。なかでも最高級は、1台なんと4000万円! FLなんとかという世界に500台しかないレクサスだそうです。ひゃ〜!

パチンコ屋さんて儲かるんですね〜。パチンコ屋のお客さんてみんな貧乏くさいのに。。。

「固定資産税は減免されていますか?」という問いかけに、社長夫人は「うんうん」とうなずいておられました。さすが在日特権!彼らは特権階級です。

なつっこいご夫妻でこちらも感激のあまり握手までしていただいた次第です。日韓友愛!

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2011年6月21日 (火)

「守旧派…それは成熟した人間の集まりである」師匠はかく語りき

減税日本が元気がないらしいが、だいたいが議員の給料がどうのこうので当選する方がおかしいんだ。

議員の給料が高すぎるなんていうのは、大衆の嫉妬以外の何ものでもない。貧乏人の嫉妬を煽って、そんなくだらないものを 錦の御旗 なんぞにするからそうなるんだ。

政治家にはちょっと余るぐらいの報酬を渡せばいいんだよ。160万?どこが多すぎるんだ?きちっと仕事してくれたら、いいじゃないか。 もう日本人は銭でしか動かなくなっているんだから、政治に金がかかるのは当たり前だ。

麻生元首相がホテルのバーに行ったことを叩いたマスコミに、少しでも共感する人間が減税日本に票を入れたのだ。

クリーンさを演出する詐欺師まがいの政治家を輩出する松下政経塾。髪型や背広やネクタイ、しゃべり方、みんなおんなじやん。頭はカラッポの顔しやがって。気持ち悪い。。

そうやって、クリーンでおニューの政治家や政党に期待し票を入れ、後になって「騙された」とため息をつく。

愚民だ〜! 愚民大国日本の姿である。


もともとこういうクリーンを重んじる風潮は、昭和の時代が終わるころからである。そのころ、55年体制が終わり、社会党がなくなって、民主党ができた。民主党には若い政治家がどんどん増えた。自民党のジイサマとは対照的だった。世代交代なんていう言葉も流行った。

付け加えると、それは、団塊の世代という頭のてっぺんから足のつま先まで戦後派の、金には目ざといカラッポの連中が各界の中枢にのしあがる頃だった。自民党をこき下ろすために始まったのだ。

談合・終身雇用、年功序列、そして官僚機構など、それまで継承され、社会がまるく収まっていた制度に対し悪罵が投げつけられ、代わりに出てきたのは情報公開、(国民でなく)市民、人権やクリーンといった衆愚政治の到来を告げる言葉であった。

そんなカラッポの言葉をありがたがる連中が大衆というものである。

今、右派であってもこのことをわかってはいない。片方でマスコミを批判しつつ、もう片方でマスコミに洗脳された状態の人間ばかりである。

戦後派はキモイ!!! 私は戦前派のジイサマ応援団である。

過ぎ去った過去の優秀な官僚機構は衆愚政治へのギリギリの歯止めであったのだ。言ってはみてもせんないことだが。。愚民めが。。


2011年6月15日 (水)

パラダイムなき政策論は愚民の所業

親米保守は間違っている。だから、間違っていることを教えて差し上げようと度々議論する。しかし噛み合ない。なぜか。彼らは技術論に終始するからだ。

どうしたものかと思っていたところ、この動画の伊藤貫さんの言葉が天から降ってきた。

西部邁ゼミナール 「危機の時代」における「核」の意味

なるほどと合点がいった。

伊藤貫さんがおっしゃるには、議論には抽象から具体へと3つのレベルがあると。一つはフィロソフィカルな(哲学的)議論、2つ目はパラダイムレベルの(考え方のパターンの)議論、3つ目はポリシーレベルの(政策)議論。で、日本人は3つ目の細かい政策議論が大好きらしい。いわゆる知識のひけらかし合いのような議論ね。

私もこれについては、ずーっと前から感じていた。だが、それをうまく説明できなかった。えらそうにちょっと小耳に挟んだぐらいの知識をひけらかすよなぁと思っていた。愚民の典型というやつね。

政策議論をしてもいいが、もしするなら、具体から抽象へ、そしてまた抽象から具体へと、一本の筋でつながっていなければならない。言葉を変えて言うなら、政策がある一つのものの見方を通して哲学レベルまでつながっていなければ、偽者である。話を1時間も聞いていれば、本物か偽者かは透けて見える。

だから、私は愚民に思われたくないので、細かい政策議論をブログでほとんど書く気がしないし、極力書いていないつもりである。

この言葉の使い方でいいのかどうかわからないが、私のパラダイムは保守主義といえるだろう。

話はそれるが、先日ある人がこう言った。

「俺は保守でも左翼でもない。国益を大切にする愛国者だ。」と。

全くのバカである。本末転倒である。この人にはフィロソフィもパラダイムもない。この人はどのようにして国益について考えることができるのだろう?? え?? アホか?と言って教えて差し上げた。

だって、パラダイムが保守なら、自主防衛が国益だと言うだろう。そしてパラダイムが親米サヨクなら、日米安保が国益だと言うであろう。また、パラダイムが左翼なら日米安保を破棄して中国の傘の下に入るのが国益だと言うだろう。国益国益と言ったって、パラダイムが違えば、国益も違ってくる。

西部先生は、どんな短い文章の中にもフィロソフィ、パラダイム、ポリシーが一本の線でいつもつながっている。

伊藤貫さんの動画を見て、親米保守のパラダイムはなんだろう?とハタと考えた。やはりアメリカによる戦後的価値観なんだろうなと。個人的自由と技術的合理なのだろう。

ところで、政治家は今日もパラダイムなき政策論をしている。愚民はしたり顔でパラダイムなき政策論を聞いて賛成だ反対だと騒いである。踊る阿呆と見る阿呆である。

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2011年6月12日 (日)

燃料投下いたしまする

救う会と在特会にゴタゴタがあったようだが、あれは救う会内部の揉め事らしい。

救う会本部が在特会にデモの第三梯団をお願いしたことに、救う会千葉支部長が噛み付いたのだ。

なんせ救う会は民主党員も多いと聞くし、思想がバラバラだから。

それに、、初めはみんな国のためを思って出てきても、次第に手柄の取り合いになったり、目立つ奴が面白くなかったり、初心を忘れてしまうんだよね。俗物めが。

「朝鮮人は殺せ!」「叩き出せ!」という言葉を水島社長は「日本人としての誇りの欠片も感じられない、みっともない」と言っているそうだが、私はそうは思わない。単にガラが悪いだけじゃんか。「日本人としての誇り」など、関係ない。

たしかに、「朝鮮人は殺せ!」「叩き出せ!」という言葉を頻繁に吐いて盛り上がるなら、朝鮮人を殴りに行ったり、パチンコ屋に火をつけに行ったりする奴が一人ぐらいいてもいいはずだと、単純に思いはする。言葉と行動がチグハグすぎて、お祭り騒ぎに過ぎないとすでにバレているから、そういう意味ではちょっと恥ずかしい。


水島社長さんよ、本当にくだらん奴と思っているなら、あなたは在特会を気にも留めないはずだよ、目立つから面白くないんだろうて。そんなものに感情を高ぶらせるなよ。それこそみっともない。

しかし、水島社長とて偽善と欺瞞では何一つ片付かぬことを内心では察知しているだろう。だから、在特会のガラの悪さが気になって気になって仕方がないのだ。

創価学会が後藤組を使っているように、あなたも在特会を後藤組と見立てて使うぐらいの器の男でなければダメだ。綺麗事を言うパシフィストのつまんないオヤジで終わっちゃうよ。

あはは!

ところで救う会よ。なんで民団とつながっているのだ? 在特会云々よりも、そっちの方を気にするがいい。


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2011年6月 2日 (木)

行動系は感情論を吐くただの不平不満のヤカラ

国会中継を見ている。管内閣に不信任案が出されたのだ。

しっかし、民主党の若い奴の不信任案反対の演説、あんな良い子主義の感情論を聞いてると、イライラ〜として健康に悪いわ〜。学級会以下の筋の通らぬ代物である。自民党もそこらへんを突いてほしいものだ。

といっても、国民も国民で、自称保守派にまで朝から晩まで感情論が横行しているのだから、よくお似合いの内閣といえるのかもしれない。人気ブログランキングの上位ブログなんて、ただただ「民主党が嫌い」という感情論ばかりじゃないか。

昔は感情論をいうのは女の特許だったような気もするが、最近は国民全体が総メンドリ化してきて、男がいなくなってしまった。

「男はつらいよ」とあったが、なんでつらいのかと言うと、私の感情をぐっとこらえ、「公」の価値に重きをおいて事を判断していかねばならないとされたからだ。

民主党も自民党も同じなどと言う人もいるが、演説を見る限り、自民党の方が若干、公の精神と論理性があり、男だと感じるのは私だけだろうか。もちろん自民党は戦後政党であるので、手放しで賛同できるわけではないが。。

自民党も民主党も同じ穴のムジナとは一面において真理である。しかし、この人たちは無責任で空虚な無党派層であることも間違いないようだ。それが証拠に、彼らは自分の思想的立場をいまだに明確にできていない。ただの不平不満のヤカラであろう。

野党的精神なら、つらくはなかろうて。文句言ってりゃ日が暮れるんだから。ウルトラマンにでもなったつもりのブサイクな男たちである。


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