最近のトラックバック

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

2011年4月26日 (火)

「パチンコ店のターゲット」

ギャンブル依存症のみなさま、いい記事がありましたので、転載いたします。最近は不景気で玉も出ないでしょう。いい加減、普通に儲ける喜びをお知りになったらいかがですか。

先日パチンコ換金反対の街宣で、向こうからビラを取りにくる方が多かったですよ。玉が出なくてホトホト嫌になっても依存症を治さなければ、パチンコは止まらないのです。私は8年続いた1日8本のオロナミンC中毒が治りました。今はコカコーラ中毒ですが。。まあこっちの方が安いから良しとしています。

で、私たちは「反パチンコ協会」というのを作りたいと思っています。一緒にやってくださる方、HPを作ってくださる方(カンタンなのでいいです)、募集中です。よろしくお願いします。

http://kinpagakuin.blog16.fc2.com/blog-category-21.html

「パチンコ店がどうやってターゲットを決めているか知っていますか

パチンコ店にとってのターゲットは時間があって常連になりやすい人です。
ストレートにいうとギャンブル依存症になりやすい人です。

しっかりとしたマーケティング理論にのっとり自店の顧客を分析します。
分析には年齢や職種、性別、住所など様々な項目があります。

その項目から生活スタイルを割り出し、
パチンコで大金を使ってくれそうな客を狙います。

パチンコのターゲットが他の業種のターゲットと違うことは
そこにお金という項目はありません。

なけりゃ借りてでも打つだろう、が暗黙の了解です。
どちらかというとお金に困っている人ほど良客なのです。

だから事業経営者などのお金持ちはターゲット対象外です。
頭のいい人はパチンコなんて打ちませんから。

逆に低所得のほうがターゲットに向いています。
ターゲット=のめり込みやすい環境にいる人です。

もっと詳しくいうと


社会の厳しさを知らない甘い考えの10代や20代の若者
給料の安い低所得者
ストレスが溜まりお金と時間のある公務員
一家の財布を握っていて、プライベートな時間が作れる主婦
パチンコ狂が多い工場勤務や土木関係
寂しさを埋められないホステスや風俗嬢
仕事がなく時間がある年金老人などです。


実際あなたがよくいく店内を思い出してください。
どんな方がのめりこんでいますか?

上記の方達が8割以上をしめていませんか?

上記のかたが特に狙われています。
それらにはのめり込みやすい環境にいるという理由があるからです。

具体的にどうやってパチンコ店がのめり込み状態にしていくかといえば

公務員を依存状態にしようとおもえば夕方からの出玉を重視して
一部夕方開放などのイベントを開催します。

出玉の調整を公務員の給料日やボーナスに絡めて考えていきます。

公務員がボーナス出たから抜こうか、
給料日前だからちょっと還元しようかなどあらかじめ計画をたてて調整します。

主婦ならば主婦が打ちやすいサービスの追加
主婦が好みそうなタイトルでの広告や広報

10代や20代ならば技術介入などのマニア性をといりいれたイベントや
一撃爆発タイプのギャンブル性の高い機種を導入などです。

計画性をもって利益をあげているのです。偶然ではなく必然です。


多くのパチンコ店が標的にしているのは

一般的に低所得者が多く幼稚な人
人付き合いが出来ない寂しい人間がターゲットです。

パチンコ店は生活リズムに合わせた戦略や戦術で広報企画を練っています。
あなたの生活スタイルが狙われています。

のめり込みやすい人、パチンコ依存症になりやすい人を
対象に甘い言葉と老練に長けた営業戦略で狙ってきます。

甘い言葉で誘惑されていますが真実は利益確保です。
それを踏まえた上でパチンコ店にいってください。

パチンコ店は常連作りに一生懸命なのです。
自分がパチンコ店の策略に踊らされていないか気づいてください。」

転載終了

人気ブログランキングへ

『ツァラトゥストラかく語りき』

末人:最後の人間たち について

「畜群」…家畜化された現代人の生態

「最も軽蔑すべき者たちについて私は語ろう。それは末人(最後の人間)というものである。

人間の土地はまだ十分に豊かである。しかしこの土地はいつか不毛になり活力を失くすだろう。高い木がそこから生えてくることは出来なくなるだろう。…

私は君達に言う、踊る星を生むことが出来るためには、人は自分のうちに混沌を持っていなければならない。

私は君達に言う、君達は自分のうちにまだ混沌を持っている。

災いなるかな! 人間がいかなる星も生まなくなる時代が来る
災いなるかな! 自分自身を軽蔑できない、最も軽蔑すべき人間の時代が来る。

見よ! 私は君達に末人を示そう。
『愛って何? 創造って何? 憧憬(あこがれ)って何? 星って何?』―こう末人は問い、まばたきする。

そのとき大地は小さくなっている。その上を末人が飛び跳ねる。末人は全てのものを小さくする。この種族はのみのように根絶できない。末人は最も長く生きつづける。

『われわれは幸福を発明した』―こう末人たちは言い、まばたきをする。

彼らは生き難い土地を去った、温みが必要だから。
彼らはまだ隣人を愛しており、隣人に身体を擦りつける、温みが必要だから。…

ときおり少しの毒、それは快い夢を見させる。そして最後は多量の毒、快い死のために。…

人はもはや貧しくも豊かにもならない。どちらも面倒くさすぎる。支配する者もいないし、従う者もいない。どちらも面倒くさすぎる。

飼い主はそんざいしない。在るのは、ただひとつの畜群である! すべての者は平等を欲し、平等である。考え方が違う者は、自ら気ちがい病院に入る。

『むかしは世界をあげて狂っていた。』そう洗練された人たちは言って、まばたきをする。

かれらはみな怜悧であり、世界に起こったいっさいのことについて知識をもっている。だからかれらはたえず嘲笑の種を見つける。

『われわれは幸福を発明した』―こう末人たちは言い、まばたきをする。

「ツァラトゥストラの序説」


人気ブログランキングへ


2011年4月24日 (日)

中国が喉から手が出るほど欲しがる「意図されない秩序」

中国首相が講話「誠意の欠落、道徳低下が深刻な状態」

 17日の新華社電によると、中国の温家宝首相は14日、国務院(政府)参事らとの座談会で講話を発表し、中国の粉ミルク汚染事件などを挙げ「誠意の欠落、道徳の低下が深刻なところまで来ている」と述べ、国民の道徳向上の重要性を訴えた。

 温首相は、急速に進む経済発展に比べ、道徳の文化が遅れているとの認識を示した上で「国民の素質の向上と道徳の力がなければ、決して真の強大な国にはなれない」と述べた。

 温首相は「法律に基づく統治と道徳を結合させ、政治、経済、文化、司法の体制改革を深めなければならない」と述べ、政治改革の必要性にも触れた。(共同)

私が道徳の重要性など言えた義理ではありませんが、道徳が地に落ちると、中国のような社会になります。食品一つとっても、たいへん恐ろしいことになっています。

中国政府が北京オリンピックのときに、身だしなみについて国民を教育していましたが、笑っちゃうような内容でしたよね。

西部先生が「保守すべきは意図されない秩序」とおっしゃっていましたが、普段は、意識せずに日本人が行っている秩序だった行為がいかに重要か。それは伝統と言うべきものです。私たちのおじいさんおばあさんが中国のような社会秩序の中で暮らしていれば、私たちは混沌の中で暮らさねばいけなかったでしょう。

昔、学校では、修身や道徳の時間を設け、精神性や価値観といったものを植え付けていました。しかし今では、多くの学校が、道徳の時間を持たないどころか、「価値観は人それぞれなんだ〜」とか言っちゃって、道徳の時間もなく、そもそも学校教育すら成り立たない状態にまで陥っています。

この道徳を柱とする、精神的活動が軽んじられている為に、今や日本にも混沌の時代がやってきました。外観上ではみな同じ人間の形はしていても、精神的活動いかんによっては、それは動物以下のおぞましい、醜い人間の姿となっているのです。

なんせ「生きてるだけで素晴らしい」とか言ってるアホが、たくさんいますでしょう。だったら牛や豚だって生かしておかねばならんじゃないですか。牛や豚は殺されて食べらるのが当然なんでしょうか。少なくとも、道徳とか価値、精神性について「わしゃシラン」という態度は、牛や豚と同次元に堕ちてしまうことになり、それを食す人間の義務を怠っていることになります。それで中国人を批判することができるのでしょうか。

だから私は、道徳について言えた義理ではないものの、道徳とか価値、精神性について追求する態度だけは崩さないつもりでいます。

もうそろそろここらで、道徳を重んじる生き方の、方向転換が必要な時が来たと思います。


「日本人たちは、キリスト教の諸地方の人々が決して持っていないと思われる特質を持っています。それは武士たちがいかに貧しくても、そして武士以外の人々がどれほど裕福であっても、大変貧しい武士は金持ちと同じように尊敬されています。」

フランシスコ・ザビエル


「私がどうしても滅びて欲しくない一つの民族がある。それは日本人だ。あれほど古い文明をそのまま今に伝えている民族は他にない。日本の近代における発展、それは大変目覚しいけれども、私にとってし不思議ではない。日本は太古から文明を積み重ねてきたからこそ、明治になって急速に欧米の文化を輸入しても発展したのだ。どの民族もこれだけの急な発展をするだけの資格はない。しかし、日本にはその資格がある。古くから文明を積み上げてきたからこそ資格があるのだ」
「彼らは貧しい。しかし高貴である」クローデルは、こうポツンと付け加えたそうである。

フランスの元駐日大使、ポール・クローデル

人気ブログランキングへ


パチンコの換金反対!!!街宣です!

日時     4月24日〈日) 13時~15時

集合場所   名古屋駅タワーズ交番前 (桜通り)

 初めての方も大歓迎です、

 ビラ用意しています、配布のお手伝いお願いします。

 マイクデビュー歓迎です、パチンコの百害をお願いします!

    愛国倶楽部   代表 伊東富士夫


2011年4月20日 (水)

原発「増やす」「現状程度」で56%

http://www.j-cast.com/2011/04/18093406.html

原発「増やす」「現状程度」で56% 朝日世論調査は意外な結果?

福島第1原子力発電所の事故処理が長期化し、国民はいらだちを募らせている。主要紙の世論調査では、政府の対応に不満が高まっている様子が浮き彫りとなった。
一方で、これほど大規模な原発事故にもかかわらず「原発やむを得ず」と考える人が一定数いることも明らかになった。
首相の原発事故の対応70%「評価しない」

「原発」で朝日と毎日の世論調査の結果は
菅直人首相の原発事故の対応について、国民の目は厳しい。日本経済新聞2011年4月18日付の世論調査によると、70%が「評価しない」と回答、事故の情報開示について「適切とは思わない」と答えた人が71%に上った。
福島第1原発1 件の事故の深刻化で、国の原発政策そのものに疑問の声が高まっている。朝日新聞1 件が4月18日に掲載した世論調査結果では、他の原発で大きな事故が起きる不安について、「大いに感じる」「ある程度感じる」を合わせると88%に上った。さらに原子力発電を今後どうすればよいか、との問いには「減らす方がよい」「やめるべきだ」との意見を合わせると41%で、前回の07年調査の28%を大幅に上回った。
07年調査では、「日本は電力の3割を原子力発電でまかなっています」と説明して質問しているという。その際、原発を「増やす」「現状程度」との回答は合わせて66%だった。福島第1の事故を受けた今回の調査では56%。10%減ったとはいえ、事故への不安を抱きつつも現状維持を容認する声が今も半数を超えていることになる

在特会の原発擁護行動は、世情を読めていない盲動と断じているヤカラがいるが、この世論調査をみてもわかるように、このヤカラの方が世情を読めていないようだ。この調査は朝日新聞によるものだ。朝日でもこのように言わねばならなかったのだ。

臆病者は運動をやめるがいい。先の原発事故ぐらいで動揺を隠せないのだから。オマエらは地震が起こる前から原発反対だったのか? 違うだろう。生命と健康の危険を煽られたぐらいでこの有様だ。うちで布団でもかぶってろ。私はテロだという意見を変えるつもりがない。

前から言ってるだろう。車とか原発とか、「便利」そのものを見直しましょうと言ってるなら、私は認めてやると。そうでないなら、ただの臆病者にすぎない。一貫性のない意見は聞いても仕方がない。

人気ブログランキングへ

2011年4月17日 (日)

「日本を守る」とはどういうことか

私たちはよく「日本を守る」という言葉を使う。

では、「日本を守る」ということはどういうことか。「日本」とは何か。

日本人の遺伝子を持つ人間の「生命財産」を守れば、「日本」を守ったと言えるか。

否。

生命財産を守ればいいだけなら、アメリカの51番目の州になった方が生命財産は守られ、日本人の遺伝子は保存されるが、それでは「日本」を守ったことにはならない。また、戦争で多数の命が失われたが、依然として「日本」は残っている。

では「領土」のことか?

否。

もちろん「領土」が侵略されれば、日本の誇りにかけて取り戻さねばならないが、北方領土や竹島はすでに盗まれても依然として「日本」はある。また、海面が1メートル上がれば、砂浜が消失するらしいが、砂浜がなくなっても「日本」はなくならない。砂浜を守りたけりゃ、勝手に守っておくれ。私は付き合えないけど。。

では、なんのことか。これがないと「日本」ではなくなるものって何だろう。

「歴史=記憶」と「伝統=心」を守ることが、「日本を守る」ということに他ならない。

先日、大先輩と電話をした折、歴史と伝統について、大変わかりやすい言葉を教えてもらった。「歴史」とは、言葉を置き換えると「記憶」であり、「伝統」とは「心」のことだと。なるほどと膝を打った。

一人の人間のこととして考えればよくわかる。記憶喪失のことはよくわからないが、「記憶」と「心」を失えば、顔や遺伝子は同じでも、もう別の人間だ。

「日本人としての記憶」と「日本人の心」を持った人間がいて初めて「日本」と言えるのだ。

もう一つ言えば、歴史と伝統の中心には「価値観」がある。

我々が「保存して守る」ことをしなければいけないのは、「日本民族の記憶」と「日本の心」と「日本人の価値観」でしかない。それさえ保守すれば、例え1千万人しか生き残らなくとも、「日本」は再生できる。

今の日本はなんだ? 戦後になって価値観はガラリと変わり、歴史は塗り替えられ、伝統は破壊されて、およそどこの国かわからない。若者たちは自分が何者であるかもわからなくなり、自分探しをしている。自分探しなどしたってムダである。個人からはどう探っても出てこないのだ。

家並みひとつとっても、あんたどこの国の人?みたいな家が建ち並び、洋風を競い合っている。一昔前、おじいちゃんたちがこの国を守るために死んでいった国であるとは思えない。

生命財産=「カネと命」を守りたいなんて、勝手に言ってろ。下劣、下品とはこういう奴のことをいうのだ。

GHQさん、おたくの洗脳政策、成功ですね。。日本は二度と立ち上がれなくなりました。

今日の〆はこれ。

「その国の神話を学ばなかった民族は例外なく滅んでいる」歴史学者アーノルド・トインビー

「民族の歴史を12歳までに教えられない民族は滅びる」歴史学者アーノルド・トインビー

「一つの国が滅びるのは、戦争によってではない。天変地異でもなければ、経済破綻によってでもない。 国民の道徳心が失われた時にその国は滅びる」歴史学者アーノルド・トインビー


人気ブログランキングへ


2011年4月16日 (土)

ドナルド・キーン氏が日本国籍取得、永住へ

今日は、花の買い忘れがあって、寝ずにあさ、市場へいった。生けこみだなんだと忙しかった。

今ごろ仕事が終わった。

ニュースも特に気になるものなし。これだけか。

ドナルド・キーン氏が日本国籍取得、永住へ

【ニューヨーク=柳沢亨之】日本文学研究の第一人者で米コロンビア大名誉教授のドナルド・キーン氏(88)が東日本大震災を受け、日本国籍を取得し、日本に永住する意思を固めた。

 同氏の関係者が15日、明らかにした。震災被災者と日本への連帯を示すためとみられる。

 関係者によると、キーン氏は「日本が大好きだから」と説明しているという。同氏は近松門左衛門の研究や三島由紀夫との交流などで知られ、2008年度に文化勲章を受章。26日には同大の最終講義を行う。

なんかちょっとホッとした。

ドナルド・キーンの「明治天皇」を、仲間から 勧められ、読んでみたらなかなか勉強になった。外国人から明治天皇について教えられるとは情けないことではあるが。。。

その中で明治天皇のお言葉を紹介して今日は寝よう。


明治6年、「非常ノ変革」の結果について


「最近はもっぱら知識才芸のみを尊び、文明開化の末に走り、品行を破り、風俗を乱すものが少なくない。維新の始めに弊習を捨て、知識を世界に求めるという卓見から西洋の長所を取り入れ、それが日々功を奏したとはいえ、一方で仁義忠孝をなおざりにし、いたずらに洋風を競うばかりでは、将来が危ぶまれ、ついには君臣、父子の大義を忘れるに至ることになるかもしれない。」(ドナルド•キーン 明治天皇)

「例えば農商の子弟で、その発言が高尚の空論に終始するものがいる。甚だしきに至っては西洋語が達者であるにもかかわらず、それを日本語に訳すことができない。こういう学生は卒業後、家に帰っても再び本業に就きにくい。高尚の空論では、公職に就いても役に立たない。それどころか、博聞を誇って目上を侮り、県の官吏を妨げるものとなるに違いない。」(ドナルド•キーン 明治天皇)

「鎖国が終わり、封建制が廃されたことによって、武士階級はもはや伝統的な規律、拘束に縛られないことになった。この解放自体は望ましいことだった。しかし、それは同時に旧制度の「淳風美俗」をも失うことになった。以前の生活の手段を失った武士たちは、前途に対する迷いと不平に乗じて「政談ノ徒」となった。またヨーロッパ渡りの「過激思想」にかぶれる者さえ出てきた。(ドナルド•キーン 明治天皇)

人気ブログランキングへ


2011年4月15日 (金)

天下りのせいにするな!

東電天下りで批判、規制強化へ法改正検討

 枝野官房長官は14日の参院内閣委員会で、東京電力福島第一原子力発電所事故に関連し、経済産業省幹部の東電への天下りに批判が出ていることについて、「立法論として改めるべき所がある。政府も法改正をお願いするべく検討する」と述べ、天下り規制を強化する国家公務員法改正案の提出を検討する考えを示した。

 経産省からは石田徹・前資源エネルギー庁長官が1月に東電顧問に就任したが、枝野氏は13日の記者会見で、国家公務員法の禁止する「天下りのあっせん」に該当しないとして、現行法では規制できないとの考えを示していた。


天下りのせいにするな!

マスコミは、天下りを批判する前に、今回の事故がなぜ起きたか情報公開を東電にせまるべきだろう。

リクルートだの、佐川だの。赤福だの企業の不祥事には大騒ぎして叩いていたくせに、東電だけはなぜ追い込まないんだ!?

いつもの元気はどこへ行った? おかしいだろうて。

テロだと報道できないもんだから、どうしようか迷ったあげく、天下りに結びつけるとは笑止;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

民主党もこれ幸いと規制強化。おまえら相談してるだろ。。

このニュースに対する日記を見てみたが、マスコミに操作されちゃって、「天下りはけしからん」との日記を、みなさん書いているようだ。

どうしようもないザンスね。。

人気ブログランキングへ

2011年4月14日 (木)

一緒に「保守」を勉強しましょう!その5

一緒に「保守」を勉強しましょう!

今日は「人権」です。こちらも人類であるという根拠によって「権利」とやらが与えられるという発想です。

そこに生じるのは、義務感なき権利観です。「人権」は「非国民」を作るにあたって非常に便利な思想です。

バークが言った「国民の権利」とはぜんぜん意味が違うのです。国民であれば、国に対する義務が発生しますので、義務と権利は一対になります。

昔は「自由」と「責任」、「権利」と「義務」は一対だったはずですが。。

「人権」の中心とされているのは「生きる権利」です。

いま、この権利観のおかげで司法もクチャクチャになっています。常識が通用しない世界になっています。

「目には目を歯には歯を」が一番古い法典であったようですが、「犯した罪と同じくらいの罰が与えられる」という道理が通用しなくなり、被害者ばかりが優遇されて、公平感が失われつつあります。

「生きる権利」というものがあるとみなされることによって、「死刑」を悪とみなす考え方も広がっています。

「違憲」だのなんだの左翼が裁判を起こしていますが、憲法を基準に考えれば確かに当たっているのです。

長々と「保守」について書いてきましたが、保守は「反啓蒙思想」「反近代思想」であることは間違いないようです。諸悪の根源は、人権宣言に似せて作られた「日本国憲法」です。こんなもん早く破棄しないと、いけませんね。

人気ブログランキングへ

一緒に「保守」を勉強しましょう!その4

一緒に「保守」を勉強しましょう!

今日は「ヒューマニズム」です。

「人間中心主義=ヒューマニズム」は「人間の理性への信仰」からきている思想のことです。啓蒙思想がでてくるまでは、信仰の対象は「神」でしかなかったのです。一つ前の日記でも書きましたけど、ニーチェは

「神は死んだ。人間たちが神を殺したのだ。」

と言いましたが、神に代わって人間が神の座についたということです。「ヒューマニズム」も「人権」も「平等」も、そういう傲慢な態度から派生したものです。

そしてこの「人間は素晴らしい」という考えのもとに、「生命尊重」も生まれます。人間は素晴らしいから、人間の命も素晴らしいということです。

大坪さんもおっしゃっているように、親切さ、親しみやすさがあることが、人間らしいことであり、「humanity」が、博愛、人道、仁愛を意味することとなりました。人道主義とも言います。

さて、テレビでは毎日毎日、安っぽいヒューマニズムの嵐が吹きまくっています。かわいそうな人、かわいそうな動物を出してきて、芸能人が涙しています。

「え〜 かわいそう〜」

日本にも昔から「義理と人情」という言葉がありましたが、これは「ヒューマニズム」とは根本的に違うと思います。

カンタンに言うと、「人情=人のなさけ」とは「施し」であり「自己犠牲」であったと思います。あくまで情の重なり合う範囲で自己犠牲をはらうのです。

これに対し、ヒューマニズムは、人間性を性善なものと讃えます。生きとし生けるものすべての対する愛であり、人間の欲望を善とする人間中心の考えです。そこには自己犠牲はない。

「かわいそう〜」

という言葉には自己犠牲はないのです。

とりあえず「かわいそう」と言っておけば、なんだか相手を思いやったつもりになり、ひいては自分自身がやさしい人間であることを確認できるのです。

「クマがかわいそうだ!」 クマ射殺に抗議殺到

というニュースが前にありましたが、牛やブタを平気の平左で食べながら、なに言ってるんでしょうか。

また、在日は全てかわいそうな弱者だから大目に見てあげろ的なことを言う人もいますが、かわいそうだからといって、ルールを無視してもいいのでしょうか。カルデロンノリコもでしたね。

「かわいそう」とか「やさしさ」とか「ふれあい」とかも結構ですけど、ルールが曲がってきています。法治国家のていを成していません。在日問題は日本人のヒューマニズムが治らない限り解決しません。

世間にはかわいそうな人はたくさんいます。テレビで取り上げられた人だけは「かわいそう」と言ってルールが曲げてしまう。いっそのことかわいそうな人たちを集めて、ヒューマニズムの会でも作って、その人たちが養ってあげたらどうでしょうか。かわいそうな人たちへの補償を国家に求めるのではなく、自分たちがやってあげればいいのです。

保守派は、社会の秩序安定のための「弱者救済」は是としますが、「かわいそうだから」というヒューマニズムによる「弱者救済」は是としません。自分で救済しようと思うなら、義理と人情でやりなさい。かわいそうと思うなら、自己犠牲を払うべきです。

大切なことは、

いちいち「かわいそう」と思って戦争ができますか? 

 戦争ができなくなるように、日本を再び立ち上がらせないため、日本人の精神を骨抜きにするために、「日本国憲法」は作られたのですよ。

そんなものをまともに信じて「人権」だの「国民主権」「命」だのと言っていたら、大間違いです。世界は内心笑って見ています。中国もほくそ笑んでいることでしょう。ましてや、そんな者が「保守」や「極右」を名乗るなんざ、お笑いぐさです。

※ 断っておきますけど、保守は命を大切でないなどとは言っておりません。

歴史と伝統を忘れ、戦後の価値観にどっぷりと漬かった、日本人の心をなくした、ただ日本列島に住んでいるというだけの人々を、西部先生は「列島人=劣等人」と呼んでいます。

人気ブログランキングへ


2011年4月12日 (火)

うぃすぱー•ぼいすさん

保守を勉強するのもちょっと飽きたので、また次回にまわすとして、本日は、うぃすぱー•ぼいすさんを紹介します。

うぃすぱー•ぼいすさんは、ブログランキングではめずらしく、保守の感性と思考をもった方だなと思いつつ、3ヶ月ぐらい前にブログを拝見した記憶があります。

先日、改めてよく見てみました。
中韓批判だけ、日本人批判だけ、日本人賛美だけ…どれも売国奴です
保守•排外系団体に、人権左翼やフェミサヨクがいっぱい…
フェミ系右翼の台頭〜 フェミ系右翼と排外主義は相性がいい
地球、平和、命、に注意!〜左翼に乗っ取られる保守系団体の典型例
何よりも、独立自尊の精神を叩き来むのが保守でしょうが!…


しきりにこんなことを言っておられるので、なんだかつい先日の不毛な論争の時の、私の観点と同じだなあと笑ってしまいました。そして、うぃすぱー•ぼいすさんの言葉は非常にわかりやすい。

私もビックリしましたよ〜。自称排外主義者が「人権」だとか「命」だとか言ってるんですから。ちゃんちゃらおかしい。排外主義も保守もいまや左翼に乗っ取られています。

ブログランキング上位を見てみると、いわゆる保守系と思われてるサイト、主に下記の3つに分けられるでしょう。

�やたら中韓・特ア、民主党だけ叩きまくる
�日本人はこんなにスゴイと誉めまくる
�枝葉末節的な経済論ばかりに触れる

こんなのばっかりで、日本人自身の本質的劣化に触れて、それを批判しての自己変革を求めているサイトというのが、殆ど見当たりません。おかしいと思いませんか?

特アがどうたら・・・やられっぱなしの現状を考えると中韓への批判・非難は必要ですが、そればっかりやっても、暗澹たる日本の国内状況は何も変わりません。
「中国人、韓国人を叩き出せ!」、もちろん叩き出せるものなら、私だって叩き出したいけど、これって実現性ゼロです。冷静に考えてください。実現性がゼロなものを、どうして必死に煽るところが多いのか。その種の記事、日本人が賛美されることに一種の快感を感じる、ある意味、白痴化した保守層が狙われてます。でも重要なのは、今の日本人自身の劣化に気づいていない人々が多すぎるというのこそ、最も根幹的な大問題です。


言いたい事が全く同じなんですよね、私と。。ブログランキングのブログを見て喜んでいる人は、センズリしてるのと同じだと思います。

悪者探し叩いてセンズリ、
日本人はスゴイ民族なんだと自尊史観でセンズリ、
俺は経済のこと詳しいんだぜとセンズリ。

キモイですよねー。そういう自分自身の劣化については、知らぬ存ぜぬを貫いているんですから。

このブログを下品だと思うなかれ。

私は皆がやってることを説明してるだけなんです。

大衆論の本は売れないといいます。みんなが「自分自身だけは大衆ではない」と思っているからです。もう一つは、大衆論は自分のこと書かれたようでイヤな気持ちになり、読者が反省せずに怒り出すのです。で、筆者は嫌われるということです。自己反省を促すようなものは売れないのです。

まともなこと言う本は売れないということです。大衆に迎合した本やブログは人気者。悪者を仕立てて叩いたりすれば売れます。センズリができるものと集団嫉妬を煽るものは売れるんですね。週刊誌のようなものです。

しかし、うぃすぱー•ぼいすさんが50位台を保っておられるのは、まだ日本再生の兆しがなくはないということだと思います。

がんばれ! 


人気ブログランキングへ


一緒に「保守」を勉強しましょう!その3

一緒に「保守」を勉強しましょう!

今日は「相対主義」です。

相対主義者のよく使う言葉があります。

「人それぞれ」

です。詳しくいえば、

「価値観は人それぞれだから、そういう考えも
いいんじゃない? 別に真理は1つじゃないんだし・・・」

完全に左翼チック、リベラルです。

相対主義者は「絶対に正しいという事柄は存在しない」と絶対的に信じています。(矛盾してるんです。)また、「すべての価値は優劣に差がなく、等価値、無価値である」と思っています。

こういう人は、議論そのものが成り立たない。ある事柄について、それが正しいか正しくないかを議論したとしても、

「それはあなたの価値観でしょう。あなたの価値観を押し付けないでよ」

と言われておしまいです。

そういうことをいう人は、どんなふうに子どもを育てるつもりなんでしょうか。善悪の価値観、正邪の価値観など、子どもに押し付けないのでしょうか。

「みんなちがってみんないい」

こんな言葉をうたい文句にしている幼稚園もあります。

いま、学校で道徳教育が停滞しています。親や教師も相対主義により価値観が揺らいで自信を喪失しています。で、どうなっているのかというと、

生徒どおしの話合い・議論が中心

となっているのです。

相対主義が蔓延すると、正義とは何か、勇気とは何か、名誉とは何か、を考えなくなります。ある人の行動が、勇気と讃えられるのか、いや蛮勇とされるのかは、相対主義の人にはどうでもいいことでしょう。徳も悪徳も等価値だというのですから。


訓練の後に習得できるある深みをともなった能力や思想なども、相対主義の人にとっては無価値です。学問を積み重ねた人の考えも、そうでない人のの考えも、相対主義者にとっては等価値です。娯楽を中心にした平易な浅い文化が残るだけでしょう。

日教組が悪いなどと言ってる場合ではありません。確かに日教組も悪かろうと思いますが、国民自身が「自由」や「平等」や「相対主義」を疑いもなく受け入れ、伝統的な価値観を破壊し続けています。

闇は深いですよ。伝染病ですから。

バークはフランス革命が起きたとき、それがフランスの内乱であったにも関わらず、「フランスに対し内政干渉の戦争を始めよ」とイギリス政府に訴えています。これは国家と国家の戦いではないと。伝染病にかかった無宗教の無神論の無政府主義者のヤカラとの戦いであると。

絶対なるものは何かといえば、神でしょうね。ニーチェが

「神は死んだ。人間たちが神を殺したのだ。」

と言いましたが、確かにそうです。啓蒙思想は神を殺し、神に代わって人間が神の座についたのです。

私自身は、今後も「真なるもの善なるもの美なるもの」を追求して行きます。その果てに何かが見えるかもしれませんから。

「保守」は破壊された伝統的な価値観を受け継ぎ、また、取り戻そうとしています。

人気ブログランキングへ

2011年4月11日 (月)

一緒に「保守」を勉強しましょう!その2

一緒に「保守」を勉強しましょう!

今日は「平等」です。

平等については、みなさんも、すでにお気づきのことと思います。

理想の平等社会を作ろうとして共産主義の国家がいくつかできましたが、その社会実験は失敗に終わった事実は皆さんもご存知のとおりです。「悪平等」についても議論されて久しいということから、ある程度わかっておられるかと思いますので、カンタンに書きます。

さて、本題ですが、実は「平等」という観念は、特に日本では、薄まりつつも、裾野が広がっています。明らかに「平等」が行き過ぎた社会になっています。

「上から目線」

という言葉をよく耳にしますが、この言葉も「すべての人間は平等であるのに、なぜ上から見下ろすように、ものをしゃべるのか」という観念が裏にあります。平等主義から出た言葉でしょう。

また「すべての人間は平等」だとすると、ほんのちょっとの差にたいして、不公平感を抱き、必ず嫉妬が生まれます。

「政治家の給料は高すぎる」
「天下りを許すな」

というのがありましたね。マスコミが集団嫉妬を煽り、大衆がまんまとのせられているわけです。

「平等」が行き過ぎると「画一」につながります。

「みんなと同じじゃないと不安」
「違うことを言うと嫌われるから」

とか思ってませんか? 「画一」はある日、逆転して「差別」も生むこともあります。イジメがそうです。平等社会ではイジメも生まれるのです。

「あいつだけちょっと違うよね」…多分私もそう思われてるでしょうね(汗
これらの言葉はすべて左翼思想から出てきた言葉です。

昔は階級制が保存されていました。「弱い者いじめ」は悪徳でした。人は平等ではなかったので、集団の長にも威厳があったろうと思います。「上から目線」でものを言っても、それに対し、下の者が不公平感をつのらせるということもなかったと思います。

そして、人間は顔も違えば能力も違うわけで、もともと平等に生まれついてはいません。ですから、集団には必ず弱者が生まれます。集団の長は、過度の「弱い者いじめ」を許さないという姿勢を示して、「平等」と「格差」の間でバランスをとっていたわけです。

過度の「平等」も過度の「格差」もいびつな社会を生みます。「平等社会」ではダメだから、今度は

「格差社会だ!」

なんて子どもの発想はやめてください。ちょうどいい社会にするには、どうしたら良いのか?を考えればいいのです。そのときに参考になるのは歴史を見ることです。

日本は昔から

「国民は皆、天皇の赤子である」

とかいう観念がありましたし、「奴隷」を生み出した西欧などとは違って、ある程度「平等」な社会だったんですよ。わざわざ明治維新で「四民平等」などとしなくても良かったのです。

民主主義もこの「平等」という原理の上に成り立っています。
だから、民主主義についてもまったく同じことがいえるのです。

ちょっと説明が弱いけど、まあこれでいいや。だれか付け足しお願いします。

人気ブログランキングへ

生命の危険を煽られると一夜のうちに心変わりするエセ保守へ

「平等」について書く前に、またちょっとグチを言わせてもらえないだろうか。

右派がだらしなさすぎる。ケッ。

君たちは「便利」とか「科学技術」というものを手放しで喜んで受け入れていたのではなかったか?

しかし、完全なものはありはしないわけで、「便利」「科学技術」は危機や危険と隣り合わせなのだ。

知らないとは言わせない。自動車による交通事故では、毎年何人の人が死んでいる?? この10年間だけでも15万人が亡くなっている。亡くなっただけでもその人数だ。負傷者や健康被害も含めれば、相当数の人間が「便利」の裏で被害を被っている。マスコミはなぜかこのことを無視してタバコのことばかり言ってるけどね。

ネコだってすごく可愛いけど、ウンチやオシッコ、ゲロだとかいう迷惑きわまりないモノを落としていくだろが。完全なものなどないのだ。

原発は今までずうっと安全に管理されていた。私はテロだと思っているが、地震か津波でもいいわ、ともかく想定外ということで今回事故になった。原発のことばかり言うのは単なる感情論である。

「便利」「科学技術」というものをすべて見直そう、車もエアコンもすべて見直そう、というのであれば、それはそれで一つの考えとして認めてあげてもいいのだが。。そこまでの気力もないくせに、グチグチ言うなよ。だらしがない思想だな。

なんなんだよ。おまえたちは。

おまえたちの生命至上主義では、この先もブレまくるだろう。中国が「日本人がビビっている今こそ、核で脅したらどうだ」と言っているが、生命や安全が守れないともなれば、おまえたちは「戦うのもやめようか」と言うに違いない。

中国なんかすごいよ。気力が違う。「3000万人ぐらい戦争で死んだって、人口減らしにちょうどいい。」なんていう国だから、戦わずして勝てるのさ。

どうせサヨクなんだから、こっちのデモの方がおまえたちには、よく似合う。はやくお父様のところへ帰ったらどうだ。

人気ブログランキングへ


2011年4月10日 (日)

一緒に「保守」を勉強しましょう!

みなさん、一緒に「保守」を勉強しましょう!

昨日、ある人と話をしていて、私の話が難しいと教えていただきました。それでは運動にならないので、カンタンにやさしく説明していこうと思います。

「保守」の意味はただ一つです。

「はさみ」という名詞には対応しているのは、あのチョキチョキと紙などを切る「はさみ」という名の物体のことです。それと同じように「保守」という言葉はある一つの思想を表します。人それぞれに「保守」の意味が違うということは、ありえません。

それを前提にこれからお話します。

「自由」という言葉があります。みなさんはこの「自由」という言葉をどのように使いますか?

例えば、いつまで経っても結婚しない40過ぎの娘に、親が「はやく結婚しなさい」と言ったとします。「どんな生き方しようがアタシの自由じゃん」と言う娘。

この言葉使いについてお話します。

この言葉使いは明らかに「保守」の人ではありません。非常に左翼チックです。

また、「どんな生き方しようがアタシの自由じゃん」と言った娘は、単なる開き直りに聞こえます。開き直った時点で、話はできなくなる。「こっちの方が価値ある生き方ではないか?」という話も、この娘には通じません。自由なんですから。私の娘ならこんこんと言い聞かせますが、左翼チックな親なら、この娘の言ったことを「それもそうかもしれないなぁ」と思うでしょう。

本当に「どんな生き方をしようが自由」と思っている人が増えれば、恐ろしい社会になります。

高い報酬をもらって韓国に日本の技術を売る技術者の生き方も自由。
中国の工作員とつながって日本を売る政治家の生き方も自由。
死ぬまでニートを続けるのも自由。
卒業式のセレモニーの最中に隣の人とペチャクチャ大きな声で話すのも自由。
レストランでガキが走り回るのも自由。注意しないのも親の自由。

もっともっとありますけど。 検索したら、こういう人がいっぱい出てきました。
検索 「どんな生き方をしようが自由」

ちなみに、「どんな生き方をしようが自由」と思っている人は、「すべての生き方は等価値である」と思ってるはずです。

学級崩壊が進むのも、
結婚しない人が増えて少子化が進むのも、
売国奴がたくさんいるのも、
悪徳商法が流行るのも、
子どもの学力が年々低下しているのも、
若者がタメグチで話すのも、
市場原理主義をなんの臆面もなく日本が受け入れるのも、

日本が、なんの恐れもなしに「自由」という価値を受け入れているからです。中国や朝鮮から移民が大量に来るのだって、その人の「自由」なのです。この秩序と道徳の崩壊は日本においてますます進むでしょう。「自由」なんだから。

では、「保守」の人は「自由」をどう思っているのでしょう。

保守は「自由」と「秩序」の間で、TPOによってバランスをとります。

自由が行き過ぎると「放埒」になり、秩序が行き過ぎると「抑圧」になるからです。

人と議論をするとしましょう(*^-^) 保守は「言論の自由」などという言葉は使いません。言論は全くの自由ではありませんから。言論にも秩序やルールがあると思っています。言論のルールは慣習、常識と言った方がいいかもしれません。

言論のルールが法律に書いてあるわけではないけれど、相手は年上か年下か、旧知の仲なのか初対面の人か、酒を飲みながらの議論か会議の場での議論か、などを踏まえて言葉や態度などを選ぶべきです。論点すり替えの議論とは議論とはいいません。第三者がいて退屈しているようなら、話題を第三者に転換してもいいでしょう。自分が間違っていたことがわかったら「この部分に関して自分が間違っていた」と言った方が議論は建設的に進みます。というような暗黙のルールがあるでしょう? 公正なよりよい価値ある議論を目指さなくてはいけません。

上品な言葉使いが「保守」と思っている人がいますが、それは違います。北斗の拳のケンシロウが「てめえらに今日を生きる資格はねぇ!!」と言う代わりに、「あなたたちに今日を生きる資格はありませんよ」と言ったら変でしょう? なんか変、と思うとき、あなたの常識が働いているわけです。

保守は、価値の序列化をはかります。今この瞬間、どういう言葉を吐いたら一番いいのか。どういう行動をしたら一番いいのか。選択するのは自分ですし、選択の余地の中から「自由」に選んで自分を演出すればいいのですが、選択の余地とは、秩序や常識にかなったもののことです。

私は修行が足りないし、頭の回転が遅いので、うまくいきませんが、少なくとも左翼的な言葉の使い方はしていないはずです。

最後にバークの言葉です。

「秩序も美徳もないフランス革命の自由は、悪徳と混乱以外の何ものでもない。」
「私は人間らしい道徳的な規律ある自由を愛します。」

フランス革命の自由を愛するのか。道徳的な規律ある自由を愛するのか?

左翼か保守かの根本的な考え方の違いは、実はこのへんにあります。

わかった人は手をあげて。。

この次は「平等」について書きたいと思います。

人気ブログランキングへ


2011年4月 9日 (土)

日本の夜明けはいつくるのだ

超カンタンすぎて申し訳ないが、もしかしたらわかってないかもしれないという不安がある 

日本の国民精神が強くなったら、日本は強い国になれるのは知ってるか?
日本の国民精神が誇り高くなったら、日本は誇り高い国になる。
日本の国民がアホになったら、日本はアホな国になる。

日本再生の鍵は国民の精神にしかないことはわかるか?

日本が弱い国なのは、日本の国民が弱いからだ。政治家だけが弱いからではない。

で、もし、誰かが強権を用いて朝鮮人を一旦追い出したとしよう。しかし、日本の国民精神が今のまま変わらないとしたら、どうなる? 一旦追い出せば良い国になる??

ならないだろう。 朝鮮人は再び日本にはびこり出すに違いないし、朝鮮人が出て行っただけでは、根本問題は解決しない。

福沢諭吉は「一身独立して一国独立す」と言ったが、あれホントなの。国民に独立の気風がなければ、独立国家としての役目を果たせない。

第一条 
独立に堪えうる精神力のない者は、国(運命共同体)を思う心に深く切なるものがない。ならば、独立に堪えうる精神力とは何か。これは物心両面から見てみよう。他人の考えに左右されず、自分で物事の正しさと誇りを見分けて、自分の行動にまちがいを起こさない力。自分の心と体を働かせて、他からの援助を求めない力。

第二条
国内に在りて、独立心を養えなかった者は外国人と応接しても独立心に基づいての行動は出来ない。
独立の気力がない者は、常に他人に寄りかかる。他人に寄りかかる者は、必ず他人の態度を気にかける。そして他人を気にする者は必ず他人におべっかをつかう。こうしていつかそれが習性となり、面の皮が厚くなり、恥知らずの人間になる。いうべきこともいえず、人に会えばただ腰を曲げて下手に出るだけで、この習性はやがて性格のようになる。

第三条もあるけどまあいいわ。

今回の原発騒動で保守とサヨクの区別がだいたいつくというもの。今まで右派のようなフリをしていた人でも、まんまと左翼にだまされ、浜岡原発も危険だとか、代替エネルギーの話をし始める。オマエは科学者か! 自分ではなんにもできないくせに、代替エネルギーがどうだこうだと専門家ぶって話すw 

技術主義、科学主義、合理主義の最たるもので、頭が悪いくせに専門家ぶりたいんだよね。専門家への憧れがある。精神の中心軸が、ことあるごとに、あっちへふらふら、こっちへふらふらする人で、細部についていつも御託を並べているけど、それがほとんど無意味なことに気付かない。

こういう人は、独立の気風が個の中にない。単に自分が死ぬこと、自分の健康が害されることが怖いのだ。精神はもうとっくに死んでるのだから、早く死んだ方がいい。オマエはもう死んでいるのだから。

民主党が悪い、朝鮮人が悪いと言ってる人もそう。悪者を探しているだけで自分こそが悪いんだということに気付かない。

「国は国民の命や暮らしを守るものだ」と国に頼る心があるからこそ、政治家に悪態をつく。テメエの生活ぐらいテメエで守るのが基本なんだよ。その上でお国にご奉公するもんだろ。それは国民とはいわないぜ。当たり前だろうて。

やってられない。

洗脳頭のまま運動をやるもんじゃないよ。

仲間はずれにされたくないから、多数の意見に付和雷同してる奴が、みんなと意見が同じだと安心してる奴が、運動する資格はない。だらしない。もっというと、日本人の資格すらない。

原発騒動があったら、すぐに核におびえる奴も運動する資格はない。

朝鮮人をケナしているヒマがあったら、自分を見つめ直せ!

そうする人が増えたときが、日本の夜明けだ。

 

人気ブログランキングへ


2011年4月 8日 (金)

生命は手段に過ぎない

私は極度のおばあちゃん子だった。物心つくのも遅かった。

4年生くらいまで、おばあちゃんと寝ていたような気がする。毎日眠りにつくときは「天の岩戸隠れ」の話をしてもらって寝た。大正生まれのおばあちゃんにとって、神話は身近なものであったと思う。

なかなか厳しいおばあちゃんだった。習字をひどく熱心に習わされた。小学校2年で、なにかの大会で図らずも一等賞をとってからは、おばあちゃんの習字熱はもっとひどくなった。私の方はいい迷惑だった。「精神統一しなさい!」「背筋がまがっとる!」「情けにゃー!」とよく叱られた。こりごりして中学校入学と同時にやめた。

おばあちゃんは、なにかというとすぐに競争したがった。「木へん」の漢字を5分間でどれだけ書けるか競争しよう、とか、国の名前を5分間でどれだけ書けるかとか、いつも競争させられた。いつも負けた。

思い出すのが、おばあちゃん、歴代天皇の名前をいつも暗唱していたwwww。「じんむ、すいぜい、あんねい、いとく、こうしょう、こうあん、こうれい、こうげん…」私が覚えているのは、このくらいだ。

4年生ぐらいか、おまえの部屋ができたから、そこで寝なさいと、親から厳しく言われたが、それでもおばあちゃんにしがみついて寝た。でもそのうち引き剥がされた。私にとっては、おばあちゃんが母親だった。とにかく私は、おばあちゃんに導かれて大きくなったのだ。私に母親の面影はほとんどない。

うるさいおばあちゃんだったから、成人してからは、ウザくて一人暮らしもした。反対された結婚も押し通した。(今から思えば、言うこと聞いておけば良かったけどな。。)子どもができて、まもなくおばあちゃんが死んだ。親が死んだも同然だった。

自分が親?不孝だったことを悔いた。おじいちゃんを戦争で亡くし、おばあちゃんの人生は幸せだったのだろうかと何度も何度も考えた。

そうするうちに、不思議な感覚があった。おばあちゃんの肉体はなくなったが、おばあちゃんの精神はは私の中にあるという直感だった。そしてそれは間違いのないことだと確信したのだ。きっと神様が教えてくれたのだろう。また、この魂の継承が、幾千年幾万年続いてきたのだということも実感し、大いなるものが存在することも実感した。おばあちゃんの生きた証が、私の中に確かにある。

この証を後世の誰か(まぁ私の能力じゃ子どもしかないわな)に伝えなければならない。伝えて初めておばあちゃんは報われるのだと思った。伝統の所在は人々の魂にある。

それからは死ぬのが怖くなくなった。肉体が滅びてもたいしたことはない。精神を滅ぼしたらダメだ。

生命は手段に過ぎない。何のための手段なのか。これに答えてくれた人がいる。

生命とは有限な肉体生命と、無限に連なる精神的生命=魂があります。
自分が「死んだらおしまい」と思っている人は、この世でいくらでも悪徳の仕業ができます。しかし、「死んでも魂は残る」と知っている人は、この世で善行を積もうとするのです。

また、国家も一つの有機体だ。そうやって考えれば、国体とはその魂のことではないのかと思えてくる。
 

人気ブログランキングへ

2011年4月 7日 (木)

生命尊重以上の価値を認めない者は家畜にすぎない

原発でぴりぴりの日本を核で脅せ、香港紙がトンデモない暴論

 日本の教科書検定で尖閣諸島(中国名:釣魚島)が日本の領土と記述されたことを受け、中国では強い反発が広がっている。香港の東方日報は、「中国が核を使用する勇気を示さなければ、中日間に平和は来ない」と報じた。

 5日付香港紙・東方日報は、「日本は世界のなかで唯一、100年の間に2度も核による打撃を受けた国である。1度目は、米国による原爆投下、2度目は今回の福島の原発事故。日本は核に対して非常に敏感であり、中国がこれを利用しない手はない」とする記事を掲載した。

 記事は「多くの日本人にとって、広島、長崎に落とされた原爆は忘れることのできない悪夢であり、心の傷となっている。さらに今回の原発事故による不安と恐れから、日本の官も民もまひ状態に陥り、政治家は支離滅裂な発言を繰り返し、最も優先すべき災害救援活動がおろそかになっている」と指摘した。

 さらに「日本は中国には“ノー”と言えるが、核には“ノー”と言えない。中国が日本の尊敬を勝ち得るためには、核について言及し、さらには核の使用も辞さない態度が必要であり、こうしてはじめて中国と日本の間に平和が訪れる。日本という国は自尊心が高く、負けた相手にしか屈しない。日本は、第二次大戦で米国に敗れたと思っても、中国に負けたという認識はないため、中国には強い態度で迫る。

 尖閣諸島の問題についても、このような国難の時にあっても、教科書問題を通じて中国を挑発してくる。このような国に対して、中国はなぜ核の先制使用はしないと約束するのか?」などと結論づけた。(編集担当:中岡秀雄)


さすが中国である。

たしかにそうだ。

平和は平定によっておとずれる。好きにやってくれ。

名誉と勇気を失った国の家畜には、不正義の平和がお似合いだ。

中国様が生命と財産、自由と民主を保証さえしてくれれば、おまえたちは中国様の子分にすすんで立候補するだろう。まあ、今とてアメリカ様の子分だ。

昨日まで核武装と言ってた奴らは、自分の生命や健康が脅かされた瞬間、意見を変える。

「もはや戦いを欲せざる者は、卑劣をも愛す。」そのとおり。

日本はもはや家畜の国だ。日本はそこにはないのだ。

大和魂だって。。。笑わせるな。

゜。°。°。°。

三島由紀夫  「英霊の聲」より

今、四海必ずしも波穏やかならねど、日の本のやまとの国は 鼓腹撃壌の世をば現じ

御仁徳の下、平和は世にみちみち 人ら泰平のゆるき微笑みに顔見交はし 利害は錯綜し、敵味方も相

結び、外国の金銭は人らを走らせ

もはや戦ひを欲せざる者は卑劣をも愛し、邪なる戦のみ陰にはびこり

夫婦朋友も信ずる能はず いつはりの人間主義をたつきの糧となし

偽善の団欒は世をおほひ 力は貶せられ、肉は蔑され、

若人らは咽喉元をしめつけられつつ 怠惰と麻薬と闘争に

かつまた望みなき小志の道へ 羊のごとく歩みを揃へ

快楽もその実を失ひ、信義もその力を喪ひ、魂は悉く腐蝕せられ

年老ひたる者は卑しき自己肯定と保全をば、道徳の名の下に天下にひろげ

真実はおおひかくされ、真情は病み、道ゆく人の足は希望に躍ることかつてなく

なべてに痴呆の笑ひは浸潤し 魂の死は行人の顔に透かし見られ よろこびも悲しみも須臾にして去り

人気ブログランキングへ

軍隊が守るのは生命財産でなく国体である

三島由紀夫は確かに生命尊重以上の価値を見せてくれた。その価値は、今なお、後世の人間の心に、灯火として輝いている。

近代主義者は檄文をよく読んで、おのれの品性下劣さを反省しろ!何が人権じゃ、恥っさらしめが! 自由だ民主だ生命だ財産だ?? テメエの都合ばかりじゃねーかよ! キモイんじゃ!ネトウヨが!

檄文

われわれ楯の会は、自衛隊によって育てられ、いわば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。

かえりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後ついに知らなかった男の涙を知った。

ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。

 われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。 

われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。

自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。

 四年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとえに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようという決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。

国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によって国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであろう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。国のねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。

 しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起ったか。総理訪米前の大詰ともいうべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終った。その状況を新宿で見て、私は、「これで憲法は変らない」と痛恨した。

その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「憲法改正」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になった。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 政治家たちにとってはそれでよかろう。しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。

 銘記せよ! 実はこの昭和四十四年十月二十一日という日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。創立以来二十年に亘って、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。

 われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もし自衛隊に武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。男であれば、男の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。

しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、自衛隊は声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。

 われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。諸官は任務を与えられなければ何もできぬという。しかし諸官に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。

 この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこかへ行こうとするのか。繊維交渉に当っては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあったのに、国家百年の大計にかかわる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るジエネラル一人、自衛隊からは出なかった。

 沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。

 われわれは四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。

それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。


 三島由紀夫

人気ブログランキングへ


2011年4月 6日 (水)

保守の本当の敵は朝鮮人ではない。近代主義者である。

日本はなぜ戦後65年も経っているのに、日本国憲法を破棄どころか改正すらできないのか。恥さらしな国である。

恥を恥とも思わない近代主義者(モダニスト)が日本の大多数を占めているからだ。

近代主義者は功利的である。なんでも損か得かでしか考えられない。生きるのは得、死ぬのは損という具合だ。彼らは生命財産を守るために闘うのだと言う。私などはそれを聞くと、勝手に闘えやという感想しかない。

近代主義者の価値とするものが「生命や財産」であることは想像に難くない。だって、近代主義者の論理には「人間の完全さを信奉する」という前提があるからだ。こういう恐るべき人間が、人権の観念に惑溺し、ヒューマニズムに走る。ヒューマニズムとは人間の欲望に権利を授ける思想のことである。そして欲望に衝突があった場合は、民主主義を動員して少数者を排除する。

「自由と民主を守る」「生命財産を守る」 はいはい。守ってちょーだいな。ご勝手に。。自分がなんぼ価値のあるもんだ思ってるか知らんけど。。生き延びて、牛さん豚さんや野菜さんの命を食い散らかして、資源もどっさり使って、ウンコをタンマリ巻き散らしてくださいよっと。生きることが近代主義者の権利とやらだから仕方ないわな。。ゲンナリ。。

アメリカはわからないかもしれないが、世界はそのことをちゃんとわかっている。近代主義の国アメリカは世界の国々からバカにされている。日本の場合は先祖の功績があるから、まだ若干の評価をしてもらえているようだ。外国人が畏怖をいだくのは、「サムライ」であり「ハラキリ」であり、「トッコウ」なのだから。

保守の本当の敵は近代主義なのだ。

人気ブログランキングへ

福島原発の事故はテロに決まってる

震災から、1ヶ月近く経つが、福島の原発事故はテロではないか?という疑念は確信へ近づくばかりだ。

行方不明となっていた東電の社員2名は、4号機タービン建屋の地下1階で見つかったという。死因は多発性外傷による出血性ショック死。やはり殺されたのだろう。

私は2人で酒を飲んでいたというネットのデマは信じていない。なぜなら、この2名は冷却装置を誤って操作したとされている人たちだからだ。司法解剖??行政解剖??どっち?? 亡くなった人に鞭打つ気もないが、実行犯は7人のうちの誰かではないのか。死人に口無しとなるだろうと思っていた。

亡くなった方は、協力会社社員5人を合わせ、これで計7人となった。なんで福島原発だけ死人が多いの??? 女川の原発施設に大勢が避難して助かったこともニュースでは伝えられていない。

地震発生時に原子力発電所・4号機地下1階にいた作業員へのインタビュー記事もある。
4号機地下1階にいた作業員へのインタビュー記事

とても4号機地下1階での凄惨な現場は想像できない。

東電からの返答が来るのか来ないのかわからないが、私は福島原発事故はテロで間違いないと見ている。青山繁晴さんも東日本大震災発生より前に、冷却装置のスイッチを逆に捻るだけでテロができるとおっしゃっていた。

日本の急所である原発に協力者を得ることは中国にとってはたやすいことであったろう。日本に一番核武装されたくない国は中国である。野望が断たれては困るのだ。保安院のヅラがあまりしゃべらずにあたりを伺っているのもそのためだ。ロナルド•レーガンがいることもうなずける。

人工地震だと言ってる2ちゃんねらーには笑うしかないが。。。


2011年4月 5日 (火)

さらば愚なる者よ

「排外主義」の正当性を改めて主張する!? ちょっともう笑っちゃうんだけど。。 排外主義自体は悪役を演じれば一分の正当性は誰も否定しないだろう。そんなことは最初から言っている。

暴力行為でもやれば、オマエは本物の排外主義者への階段を一つのぼったことになる。

そして改めて正当性を主張しろ! その暴力の正当性を主張するんだ! その暴力はこのような精神性に裏付けされているのだということを主張すればよいのだ! その裏付けられた精神性が素晴らしければ、正当性は確保できるのだ。

今の時点でオマエがいくら排外主義の正当性を主張しようが、絵空事なのだ。ちょっともののわかった人なら、誰もオマエを信用しないだろう。

まえにも書いたが、ヒトラーは暴力の価値をはっきり認めていた。平和愛好や暴力否定の思想ほど彼が信用しなかったものはないそうである。

オマエのブログのヘタレ信者は、「人数が少ないから、今は暴力なんてできない。」と言ってるが、人数は関係ない。今の人数でできる暴力をすればいいだけだ。

ヒトラーの運動は6人から始まったのは有名な話だ。人間の本性というものは、暴力が嫌いではない。暴力沙汰を起こせば、一人二人は逮捕されていなくなるかもしれないが、それに惹かれて、もっと多くの信者を獲得することができるものだ。排外主義と言うならリアリズムを語れ!!


「わがドイツの平和主義者らは、国民に対する残酷な圧制が行われても暴力的な抵抗によって運命を変えなければならないなら何もしないことを選ぶのだろう。」

アドルフ・ヒトラー

「暴力はむしろ道徳的なものである。というのは、それによってわれわれが四十八年かかっても出来なかったことを、わずか四十八時間でやってのけたのだから。」

ムッソリーニ


このような本物の極右になるのだ。

「命は尊い」などとほざく人権屋では話にならない。「人権」と「命」に価値をおく者には、公につくすための暴力などできまい。今のオマエは飾り物の言葉を吐き満悦している「甘やかされたお坊ちゃん」に過ぎない。そのような者の元に集まってくる者も同罪である。

保守主義者の私の方がよほど極右じゃないか。それをオマエはいつか認めざるを得ない時が来るだろう。さらば愚なる者よ!


P.S  今回の論争において、極右評論は、こちらの質問に対して何一つ明確に答えれなかった。一般に言論活動をする者にとって、抗弁できない者は、これを思想破綻という。思想破綻を認めるのであれば、断筆をし、言論活動を停止すべきである。さもなくば、間違いを素直に認め、ブログで表明すべきである。それが言論活動を行う者の作法である。 両方ともしない奴は、言論活動を行う価値がない。精神的に死んだも同然だ。

人気ブログランキングへ

極右評論 逃亡!

いつも「筋だ道理だ」と他人に言ってるヤカラが、自分の「筋や道理」はあっさり曲げてしまった。他人や政治家に筋や道理をせまるだけならカンタンだろう。

今回の論争の主たる原因に対する質問には答えず、逃亡した。人のことを悪し様に言うだけ言って、決着をつけず逃げやがった。

こちらから、生放送も申し込んでいたが、それにも答えず。。

そのかわり、「オオヤマレンゲの秘書」と名乗る小者への反論に終始した。情けない。。。

私は初めから見抜いていた、

このヤカラの言葉は飾り物に過ぎないエセ排外主義者であって、土壇場では腰を引く卑怯者であると。サヨクなんだよ。サヨクっちゅうのはそういうもんだ。サヨクにとって重要なのは筋や道理ではなく、「自分が生き延びること」なのだから。

主義者というのは、たとえ命がなくなろうと主義者であることを貫き通す人間のことだ。

「自分が間違っておりました」と書くことの方が、どれほど青年らしく、清々しさを感じることか。青年にはそういう積み重ねが大事なのだ、40歳になったとき、ロクな顔になってないぞ。

今、忙しいのでまたゆっくり書こう。


2011年4月 4日 (月)

排外主義と保守主義の思想的な違い

※これは極右評論への反論でもなんでもありません。一般論です。

排外主義は、まえにも書いた通り、人種、DNAによって排斥かどうかを識別する。何度も言うが、悪役に徹して排外主義を主張するなら、私も排外主義について一分の道理を認めてもいい。

保守主義の場合は、日本の歴史慣習を重んじ、ルールや秩序を遵守し、日本国のために武器をとって闘う意思のある帰化した者であれば、これを許容する。要は頭の中身の問題である。

例えば、アメリカは移民国家である。アメリカの国籍を取得する場合は、これまで属していた国への忠誠をすべて放棄し、アメリカ合衆国に忠節を尽くし、アメリカの法と秩序を守り、アメリカのために武器をもって戦うことを誓約させられる。(保守主義的)

大東亜戦争前に、アメリカで日本人移民排斥運動があった。この排斥運動は非常に理不尽なものであった。この時のほとんどの日本人移民にはアメリカ国籍があったそうだ。要は日系アメリカ人であったのだ。法や秩序も守っていたが、「日本人はよく働きすぎる」という理由で排斥された。(排外主義的)

で、誰かが言っていたが、いい朝鮮人か悪い朝鮮人かわからないだろうと。それに答えよう。

在日韓国朝鮮人は日本の国籍を取得せず、祖国に忠誠を誓いつつ、日本で永住権を求めている人たちである。日本に忠誠を誓っていない外国籍の朝鮮人ということだ。そんなものは一匹残らず祖国にお帰りいただけばいい。朝鮮半島から強制連行された可哀想な人たちなんだから。早く祖国に帰っていただいたらいいだろう。いい朝鮮人も悪い朝鮮人も関係ない。単なる外国人だろうて。永住権を奪い外国人扱いすればいいし、外国人に関する法やルールをもっと厳しくしたっていい。

戦後日本人は、朝鮮に対する贖罪意識があったために、在日韓国朝鮮人を強制連行された可哀想な人たちと看做し、超法規的措置をとるに至った。「叩き出せ」という言葉は、戦後の朝鮮に対する贖罪意識から解放しろ!日本人よしっかりしろ!という意味である。

石平さんやラモスさんなどは日本国籍を持っていて、日本国に忠誠を誓っている。そのへんを歩いているバカな日本人より日本人らしい。この人たちまで、追い出すぞ!と宣言するのが排外主義である。日本人に純血種があるのかどうか知らないが。。

国籍取得をもっと厳しくするべきだ。忠誠を誓わせろ。誓約に反した者はただちに国籍を剥奪すればいい。剥奪すべきだ。反日の政治活動をしている朝鮮系日本人などは国籍を剥奪しろ。在日韓国朝鮮人はいい人だろうが悪い人だろうが、単なる外国人に過ぎないわけだから、皆さん揃って祖国へお帰りいただく。法を整備しろと主張するのが、「保守」であろう。

保守が綺麗事などとは言わせない。

再再 … 極右評論へ

極右評論の反論?に、私がすぐさまポコッと返すと、また返ってくるまでに、毎回2日かかる。

調べものして書くんなら、いい機会だから、ゆっくりしっかり調べものでもして、よく勉強してから、

慌てなくていいからゆっくり落ち着いて考えてから書きなさい。待っててあげるから。


2011年4月 3日 (日)

再度、極右評論へ

結局ボールを返せないまま、生放送で酒を飲んでたとかいう悪口で反論は終わりですか。

>閲覧者から動画上に書き込まれた質問に対し、「在特会の方向性とは?」「大和魂とは?」という箇所に対して副会長である岩橋女史から明確な回答はなかった。

ウソはやめなさい。明確に答えています。もう一度見直してください。方向性に関しては断言はしていません。が、提案はしています。なぜなら、在特会の方向性は会長が最終決断するものであり、私が断言できるものではありません。

>地下潜行だの暴力活動などは貴方がた在特会こそが内々で良いから皆で総括しろということを私は述べている。

何度も言いますが、在特会は排外主義を標榜したことは一度もないと思います。だから、標榜してもいないものを総括をする必要がない。「我々は保守だ」と言ってる限り、国民運動です。何度このことを言ってもわからないのでしょうか。


だんだん論点をずらさないでください。私が投げたボールを返してくださいませんか??

1、「人命は尊い」「人命を残虐に奪った者の人命は尊くない」「侵略する国の国民の人命は尊くない」「人権を守って暮らしている人の人命は尊い」「日本人だけの人命は尊い」と5つのことをあなたは言いました。それに対し、あなたが先に言った3つのことを総合して考え、私は「尊いのは人命より道徳的価値の方だ」と結論を言いました。詳しくは以前の記事を読んでください。そこで、「人命は尊い」と、いまもって言えるのですか?そして自分の言ったことがおかしい、矛盾してるとは思いませんか?


2、在特会は「朝鮮人は出て行け」とは言わず「日本が嫌いな」「反日の政治活動をする」朝鮮人に対して出て行けと言っています。それを綺麗事だと言うのなら、あなたが綺麗事じゃない行動をすれば終わる話ではないですか?? 在特会とは掲げるイデオロギーがそもそも違うのだから、在特会をもちだすのがおかしいのです。

3、で、私は排外主義者という存在も認めていますし、本物の極右排外主義者なら私も協力してもいいくらいです。。でもあなたはどうみてもエセ排外主義者です。なぜなら、排外主義を標榜するにもかかわらず、人権だの生命だのを価値とされてるからです。排外主義者は排外主義者なりの言葉使いや行動の仕方、生き方があるはずです。「排外主義者」の看板をつけるなら、なぜそういった行動を起こさないのでしょうか?? 総括すべきはあなたではないでしょうか?

4、というか、あなたは排外主義の意味をそもそもわかっていらっしゃるのですか。排外主義について在特会を引き合いに出すのがそもそもおかしいのですが。

5、なんなら、生放送で討論したっていいです。どうでしょうか。

6、あなたは日頃から保守をバカにされていますが、「保守」の意味をわかってバカにされているのですか? 

私の言ってる意味がわかっておられませんから、3回は読み返してからお答えください。

それから、優越感なんかに浸っていません。くだらぬ反論しかしないから、あなたを見下しただけです。あなたに勝って優越感など湧くはずがありません。最初から言ってるでしょう? 私に勝てるはずがないと。勝つと決まっているものに勝って何か嬉しいとでもいうのでしょうか。結局、なにも答えることができないから、ファビョっていらっしゃるのでしょうかね。

もうひとつ、もともと、私は在特会の副会長になりたくてなったのではありません。選任されたときにも書きましたが、誰かふさわしい人が出てこれば、いつでも辞任するつもりですし、もうひとつは、在特会は「保守」と言っていますが、リベラルが見え隠れしています。本当の保守になる気持ちがない場合は、こちらの方から辞めさせていただくつもりでおります。だって方向性が違ったら無理でしょう? 生来の大馬鹿者、かつ、はみ出し者ですから、どーてことはないのです。

だから、副会長がどうのこうので、私は信念を曲げるつもりがありません。辞めてくれと言われればすぐ辞める。最後まであなたと闘う気でおります。だから、煙にまいて逃げようとするでない。あなたはいつも「筋だ道理だ」と言ってるではありませんか。降参したいなら降参しなさい。さもなくば、決着がつくまでやりましょう。私は保守主義者のプライドにかけてそうするつもりです。あなたが本物の排外主義者なら、排外主義者のプライドにかけて闘うのが普通でしょう。

もう一つ、質問を加えました。

2011年4月 2日 (土)

左翼とは何か

先日の勉強会で生放送をしたが、左翼の定義について途切れていたので、ブログにあげておく。

カンタンにかけば、左翼(啓蒙思想、革命思想)とは、こういうことである。

人間の知力や理性は、神と同等である、また人間性は素晴らしいものであるという観念から、左翼的な考え方は始まっている。左翼による「個人」とは、「歴史•慣習•伝統を身につけた個人」ではなく「人類であることによる個人」である。道徳破壊の思想である。

•人間には崇高な権利がある(人権主義)
•人間は生まれながらにして平等である(平等主義)→主権を国民に授ける(民主主義)
•人間の生命は何よりも尊い→生きていることそのものが主題(生命至上主義)
•人間中心、人間尊重、人道尊重、博愛主義(ヒューマニズム)

そして素晴らしい人間の知力によって国家を設計できるという考えから、
•平等な理想社会を設計する(共産主義)
•ごめん、これわかんない(社会主義)
•自由な理想社会を設計する(資本主義)

そして人間は素晴らしいから、科学的発見により合理的な進歩がもたらされる、人間には完成可能性があると見て、
•変化によってよい結果が生まれる(進歩主義)
•合理的になんでも説明可能である(合理主義)
•科学によって合理的になんでも説明できる(科学主義)
•技術の進歩によって理想的な社会ができる(技術主義)

まだまだあるかもしれない、勉強しなくて書いてるから自信がないが。。
これらすべてのイデオロギーが左翼である。

日本国憲法はみなもご存知のとおり、日本に時限爆弾をしかけるために、フランス革命の人権宣言をもとに、アメリカの無政府主義者によってつくられた。綺麗事で固められた憲法である。9条だけが悪いのではない。全部悪い。帝国憲法に戻せ〜!

日本国憲法には、「人権」とか「国民主権」とか、「自由」とか「平等」とか「平和」という気味の悪い文字が踊っている。

そして、この日本国憲法に作られた気味の悪い人間が大量発生している。そういう私も戦後生まれである。なので、戦後しか知らない。だから、このことをよく理解して、自分は十字架を背負っているんだいうことを心の隅にいつも置いておくことが必要である。

日本国憲法に作られた気味の悪い人間たちは、日本国憲法を土台に考える。だから、右派を名乗っていながら、実は左派だということも当然起こりうる。綺麗事保守などと他人をケナしているくせに、実は自分こそが綺麗事まんさい。。思想を勉強することによって内省も反省もしていないから、随所に左派的な言葉使いや綺麗事の言葉使いがでてきてしまう。。

右派の政治運動しててこんなことを説明する必要があることの方がおかしいだろう。

サヨクが左翼ケナしてどうするんだ!親をケナすようなもんだろ!

それこそ、「運動仲間とは仲良くしましょう!」なんて、小学校の学級会のようなことを言う人もいるし。やってらんねえ。。どんなけ単純なんだ。。

こちとらは、左派を仲間だとは思っていやしない。

そんな人間がヒーロー気取りで右派の政治運動をするという乱れた世の中なのだ。

人気ブログランキングへ


2011年4月 1日 (金)

言葉は行動を規定する

言葉の意味も定かでないまま、「主義者」を名乗ったり「保守」をケナしたりするのはどういうことか。国語が乱れている証拠である。

ぐだぐだ説明する気もないが、相対主義者は最後には自殺という行動が必然であるし、排外主義者は非寛容の過激思想である限り、暴力行為が必然である。(私は暴力を否定するものではない。)

でなければ、主義者とはいえない。単なるエセ主義者だ。主義者を単なる飾り物のように思っている人が多いが、思想や言葉は飾り物ではない。思想や言葉は行動を規定するものである。排外主義は国民運動として成立し得ないし、少数者が血盟を誓う地下組織であるのが当然だろう。

確か、フランスの極右は、ナチスのユダヤ人虐殺について「第2次大戦史の末梢事」と言って物議をかもしたのではなかったか。彼らは、道徳の復権も訴えている。ヨーロッパの極右勢力は本物だ。彼らが「人命は尊い」などと言うはずがない。綺麗事は言わない。

バカが湧いてきているが、さもありなん。95%の人間など、付和雷同屋で強い者に巻かれろ式なんだから、初めから本気で相手にすることなどない。5%がわかってくれれば上出来だ。

人気ブログランキングへ

なにが書いてあるのかわからない

極右評論へ


もうしわけないが、ホントに、なにが書いてあるのかわからない。

例えば、

人命を残虐に奪った者に対しては速やかに刑罰で責任をとらせ、同様同種の凶悪犯罪の再発を防ぐことに努めるのは当然だろう。

上の主旨に反対する者ではないのですが。。

そして、

「侵略する国の国民の人命は尊くない」というのもまさしく然り

なので、これも反論ではないでしょ。ということは、

人命の尊さは「人権を守って暮らしている人か否か」「日本人か否か」で決している。

これが反論でしょうかねえ。なに?人権を守るって? やっぱサヨクじゃないか。サヨクなのか排外なのかどっちなんですかー? ていうか左翼だろ、君。「人権を守る」とか「生命は尊い」という言葉使いは左翼のものだよ。そんな当たり前のことを言わせるなよ。それに、日本人でない国民の生命が尊くないのならば、「生命は尊い」なんて言ったらいけませんよ。

とにかく、『生命自体が尊いのではなく、「良く生きる」ことが尊いのあって、ことさら「人命の尊さ」を叫ぶことは無意味どころか害毒に等しい。』というのを崩してみろよ。。前提を疑うとかさ。。そうでなければ、反論とは言えないし、なんでもいいから書いておけば反論になるなんては、バカのすることだ。

この人、負けたことがわかんない人? 投げたボールは返ってきてませんが。
負けたことがわかんない人は相手にできない。

マスコミがなんといおうと、在特会が「我々は排外主義者だ」と言ったことを耳にしたことがない。在特会は「保守」だと言ってるじゃんか。「マスコミがいってるから」という理由はいただけませんね。

「保守」というのは国民運動を目指すということなんだ。しかし、「排外」という旗をあげるなら、国民運動にはならないから、地下に潜れよと言ったまで。それがわかんないんだよね。この人。

それに。。どんどんと左翼の本性を表してしまっている。。ええかこいつ。。やめておいた方がいいのでは? 老婆心で言っておいてあげますよ。

君の頭の中は、モヤがかかっている。排外だと言いながら、端々に左翼性がにじみ出ている。言葉というものは「かっこいいから」とかで使ってはいけない。主義者を名乗るということは、そんなに甘いもんじゃない。

オマエは日本国憲法につくられた「甘やかされたお坊ちゃん」に過ぎない。「極右」「排外主義者」の仮面をかぶった戦後民主主義のお坊ちゃん。透けて見えてしまう。お坊ちゃんのヒーローごっこはやめてまえんですかねー。このような者に「覚悟」などない筈だ。腰くだけに決まってる。

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »