最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

2010年12月29日 (水)

求人募集!!!

お待ちどうさまでした。

朝鮮総連固定資産税の件でいろいろ調べておりましたが、愛知県で固定資産税を一部減免している市町村が判明しました。瀬戸市、西尾市、東海市、岡崎市、名古屋市でした。名古屋市は去年か今年、議会で取り上げられ減免をしないことが決定し、23年度より減免なしになるということです。

つきましては、瀬戸市、西尾市、東海市、岡崎市にお住まいの方で、協力してもいいという方をお待ちしております。そんなにお手間はとらせないつもりです。ある意味ストレス発散効果があり、美容にもよろしいです。

また、朝鮮学校の助成金問題で来年早々から動きます。行政に詳しい方あらわれられよ。行政に詳しくなくても、厚さ1センチほどの書類を読まれる気力のある方、求ム!

人気ブログランキングへ

2010年12月17日 (金)

少数派にこそ真実が宿る

昨日、ブログのことでこう言われた。

「ブログランキングですが、岩橋さんのブログ、S委員会をなかなか追い越せませんね。」

で、私はこう答えた。「追い越す気もないし、追い越せないと思うよ。だって、仮によ、いいこと書いてあったって、読み手がバカだったら、評価できないわけだからさ。あーゆーね、左翼や朝鮮人をボロカス書いてあるブログの方が人気あるじゃん。読み手がトロかったら、あーゆーブログの方が人気あるんじゃないの?」

その人は、「あーそーか。」と言った。

あれはたかだか人気投票である。人気投票と言えば、選挙だってそうなってしまっている。大衆はまともな政治家を選べない。大衆の代理人しか選べない。それと同じだ。公平で公正な有徳者が選んでいるわけではない。ランキングを上げるだけが目的なら、私だって朝鮮人をボロカス言えばいいわけだ。私から言わせれば、S委員会なんてのは基地外の範疇に入るんだけどさ。。あんなもの読んでる人、結構いるんだ。。アホス。まあ、いいや。
ともかく、書く方も読む方も朝鮮人ボロカスが面白いわけだ。

でもね、私の目的は違うし、そうする気は全くない。自称保守に真正保守になってもらいたく、つたない文章ではあるが、ガンバるのみだ。

先日、○井よしこの名古屋講演会は1000人集まったというが、我が師匠の名古屋における講演会はいつも100名くらいである。どうも師匠の話は、そこいらの人にはチンプンカンに聞こえるらしい。「大衆は大衆でないものを徹底的に嫌う」(オルテガ)なわけだから、むべなるかな。あたしゃ、○井よしこの講演会など行きたくもないけどね。

だから、いつまでたっても日本は良くならないわけ。私ら世間の中の少数派、そのまた右派の中の少数派は、師匠がよく言う「少数派にこそ真実が宿る。」を信じ、少数派の矜持をもって生きるしかあるまい。

小学校中学校のときのこと覚えてるでしょう。クラスの半数以上が勉強しても勉強ができない子であり、また残りのほとんどの子が勉強をしなけりゃ勉強ができない子であったわけだから、世の中ってのはそんな人間が大半だということを思い起こせば、マスコミが繁盛するのもわかるわけ。

右派の中には、「日本人は素敵だった」とか自虐史観の反対の気持ちわるーい自尊史観に浸っている人も多いが、左翼の反対やってりゃいいってもんじゃないんだよ。日本人が素敵だったのなら、なぜ一夜のうちにアメリカに寝返るんだ? 現実はそんなもんじゃない。

2010年12月16日 (木)

愛知は5校とも仮差し押さえ

[税金の回収に税金使う異常事態 朝鮮学校仮差し押さえ]

[朝鮮学校13校の基本財産が整理回収機構(RCC)に仮差押された背景には、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が資金調達のために学校法人を利用した構図が浮かび上がる。教育基本法では、学校とは別組織が特定の主義や政治的主張を教育に持ち込むことを「不当な支配」として禁じている。朝鮮学校の運営が法違反ではないかという疑問は依然消えない。
 朝鮮総連の影響を排除して関係を清算することは、日本の教育法令の中で朝鮮学校が存続する不可欠の条件だ。14日に閣議決定された政府答弁書で、朝鮮総連と朝鮮学校の関係について政府は教育基本法の不当な支配条項に「抵触しない」とは明言しなかった。影響下にある現状では、高校無償化のみならず、朝鮮学校への税金の支出全般が問われる。
 朝銀信用組合破綻の際、日本は約1兆4千億円もの公的資金を投じた。破綻金融機関の不良債権の回収はRCCに引き継がれ、回収作業の一環で校地校舎が仮差押された。このまま、国策の回収機関に債務を負う朝鮮学校に公金を支給し続ければ、税金の回収に税金が充てられる異常な事態になる。(安藤慶太)]

愛知は5校とも仮差し押さえとか。朝鮮学校の運営が法違反に決まっとる。極楽太平さんが喜びいさんで電話してきたので、あげておきます。「歴史とは何か」を書こうと思ったら、またまたオークションづいちゃって、ブログを書くのを忘れてた(^-^;

ところで今みたら驚いたのがアクセス数ですが、誰かまた悪口書いとるだろう? 2ちゃんねらーか? どこの誰だよまったく。いつでもケンカしてやるから、コメントしてこいよ。

人気ブログランキングへ

2010年12月12日 (日)

再び、「伝統とは何か」について

もう何度目か。「伝統」について書くのは。私にとって「書く」ことは「考える」ことである。

保守派はいつもカンタンに「歴史と伝統を守る!!」と言う。でも、歴史とは何か、伝統とは何かについて思索を巡らしたことがあるのか? ないに決まってる! 私はこれが気に入らない。守るものが明確でないのに、どうやって守れると言うのだ? 国体とはなんだ? 「天皇」だ? では天皇陛下個人のことか? 違うだろう。歴史伝統の比喩としての天皇のことだろう。私が天皇主義者が気に入らないのは、直裁に天皇に結びつける点である。

今日は小林秀雄に学んでみようと思う。

師匠はいつも「言葉は相続される」という。小林秀雄も「言葉には伝統がある。」という。万葉詩人が「言霊」といったように、言葉には魂が宿るからだ。

ここから先は小林秀雄が伝統について語った言葉である。

「ことばは今はたいへん軽んじられているが、実は、伝統のないところには決して文学はない、といっていいんだ。たとえば、人情とか道徳とかいうことばは美しいだろう。こういう美しいことばは、長い歴史が、こういうことばを美しく染め上げたからだ。伝統があるからなんだ。」

「習慣と伝統とは、ちょっと似ているようだけど、まったくちがうもんだね。習慣は無意識で無自覚でなまけていて、うっかりしているときに、大きな力をあらわす。だからどういう習慣があるかと、わざわざ見つけ出そうとしたりしなくてもいいものだ。
 しかし、伝統のほうは、おれたちが、なんとかして古くから続いている伝統を見つけだそう、回復しようと努力して、意識的に自覚して信じたときに、はじめてあらわれてくるものなんだ。そのときに伝統は大きな力を発揮してくる。
 新しいものばかり求めて、伝統など考えようとせず、また伝統なんてありゃしないなんて、思っている人は、本当はいろんな伝統のなかに住み、伝統に左右されながら、自分では気がついていないんだ。非常に微妙なものだからね。
 見つけだそうとしなければ、わからないんだよ。だから、そういう努力をしない人たちは、伝統というものに出会えない。伝統というものは、歴史を流れる現実の精神、現実の様式というかな。」

難しいね。興味ないだろうな〜。

かつての保守思想家は伝統を「生活の形」「暮らし方」「精神の型」「生の形式」と定義してきた。それに師匠はこう付け加えている。「当該集団を支える精神の形式」「価値あると思われる精神の形式を保守する精神の形式」「葛藤の平衡をとるための精神の形式」最後にこう語っている。「こういう単純な合理では説明し得ない過程を含めばこその実際知である。」

それからマイミクさんが師匠の本で慣習と伝統のわかりやすい説明を教えてくれた。私はまだまだ勉強不足だなあ。。

「歴史によって習得させられ伝承され運搬されてきたものの「実体」(サブスタンス)が「慣習」であり、その実体のうちに内包されている集団的な精神の「形式」(フォーム)が「伝統」である、ということです。たとえば、儀式で着用する紋服は慣習に当たり、その衣服によって表象されている家系への崇敬の念の在り方、それが伝統だというふうに解釈したらどうでしょう。」(『昔、言葉は思想であった』)


そういえば、このまえこのニュースを見て、伝統破壊だと思った。こういう伝統破壊をすると、その次には混沌が襲ってくるだろう。「かわいそう〜」だの「中立」だのの感情論が伝統を破壊しているのである。


裁判員裁判で初、死刑求刑の被告に無罪 「指紋とDNAがあるのに、まさか犯人性まで否定とは…」 検察に衝撃
「指紋とDNAがあるのに、まさか犯人性まで否定とは…」 検察に衝撃

人気ブログランキングへ

2010年12月10日 (金)

保守の敵は朝鮮人ではない

私はずうーーーっと左翼はバカなのだと思ってきた。こんな簡単なことがなんでわからないんだろう??なんてバカなんだろう??西部先生の本でも読めば、すぐにわかるのに、平和だの人権だのいいつのる。なんで気づかないんだろう??

で、安倍さんがマスコミにイジメにイジメぬかれ、大敗した参議院選のあと、もう黙ってはいられない!なにか会でも立ち上げるぞ!と思って、初めてインターネットをさわった。

左翼は日本人のフリをした朝鮮人だと書いてあった。今までの疑問がドミノ倒しのように解けた。こいつらバカではなかったんだ、計画的だったんだ。バカなのは私の方だった。それと同時に英霊に申し訳ないという思いが湧いてきた。うちのおじいちゃんは26のとき戦争で亡くなった。私はもう十分納得できる人生を送らさせてもらった。もう十分だと心の底から納得して、自分も参戦しようと思い、すぐさま運動に飛び込んだ。

いや、左翼はほとんどが日本人だよという人もいる。確かにそうだろう。でも朝鮮人も少なからずいる。奴らは議論をしようともしないし、自分のしていることの後ろめたさについて気づいているはずである。ともかく私の長年の謎は解けたのだ。だって今どき、共産主義の怖さについて理解していないはずなかろうて。

その頃、師匠がアメリカのことばかり書いているので、ちょっと疑問に思ったこともあった。なんで師匠はアメリカのことばかり書くのだろう? いや、師匠がいつも言ってるのは、アメリカのことではなくて、アメリカニズムのことなんだけどね。運動に飛び込んで、私の気持ちは一瞬、師匠から離れたこともあったのだ。

でもとにかく、師匠は構造改革のとき、一人で反対していた人だ。商売保守ではない。あのとき商売保守どもは口をつぐむか、少なからず賛成の意を表明していた。師匠はなんの利益もないのに反対していたわけだ。いや、なんの利益もないとは言い切れないかもしれない。少なくとも師匠は長期的には利益に結びついたのかもしれない。短期的利益に飛びつき、流行の言論をまくしたてるというのが商売言論人の性である。

運動を始めたとき、保守がいっぱいいることに嬉しくなった。小躍りした。本人が保守だというから保守なのだろうと単純に思った。

しかし、運動をして行くにつれて、保守の実態がみえてきた。その人たちは保守ではなく、ただの反左翼であることも次第にわかってきた。アンチとはアンチでしかないので、破壊はできても創造は難しいだろう。アンチ左翼を言っている本人がアメリカニズムにどっぷり浸っているサヨクなのだから、同類項でしかないわけだ。構造改革で日本が迷走したのも、これと同じ原理である。あの構造改革の興奮は同類項がそこでまとまったから起こりえたのだ。

師匠は正しかった。師匠がアメリカニズムについて口酸っぱく言うのは、天性の洞察力と保守思想への深い理解からだったのだ。保守を掲げる我々の敵はアメリカに洗脳された大多数の日本人であり、朝鮮人ではない。大多数に蔓延するアメリカニズムなのだ。このことがわかる人が私の本当の同志である。

ま、今のところ目指す方向は同じだから共闘するけどね。

人気ブログランキングへ


2010年12月 9日 (木)

西部先生は私の北極星

Murai_nissyuuunndou_fujisann


「日が暮れたら天を見なさい。絶えず動かない北極星は旅の道しるべになります。世を渡る場合には誠の心が道に迷わぬ為の磁石になります。曲がった道に入ったと不安になった時は自分の誠の心に問うてみなさい。天が与えた良心はいつもあなたたちを導き守ってくれることでしょう」陸軍大将・秋山好古

17年前私は西部先生の本に出会いました。よく人から「もっといろんな人の本を読んだら?」と言われますが、全然読む気がしないのです。だって面白くないんだもん。私は西部先生に人間の背骨にあたる部分をいただきました。いただいたと言っても、まだまだ勉強中であります。繰り返し繰り返し読んでいると、また新たな発見をするのです。一人の人間をも深く掘り下げれない人は、何人をも掘り下げることはできないと信じています。つまみ食いでは基軸は打ち立てれないでしょう?

数学者の岡潔は、「人間が人間である中心になるものは、科学性でもなければ、論理性でもなく、理性でもない、情緒だ。」と言っています。私は西部先生から、この「情緒」を学びたいと思っているのです。幸い2ヶ月に一度お会いできるので、さらに深くこれを感じることができるのが私にとっての幸せなのです。

西部先生はいつもちょっと悲哀のある軍歌を歌われます。この前だったかな、私にこう言われました。
「こういう曲が日本人の間で流行らない間は、日本は戦えないんだよ。」
「右でも左でもどっちでもいいんだよ、ボクは歌う歌で決めるんだ。」

論理の前提には、確かな感情とか情緒があるのです。この情緒の部分こそ、私が先生に惹かれる所以であります。

師匠がいつもおっしゃることは、

「チェスタトンによれば、人生の目的とは「一人の良い異性に出会い、一人の良い友だちを持ち、一個の良い思い出を胸に抱き、一冊の良い書物を発見することに尽きる」ということです。」

ということです。私にとって「一冊の良い書物」というのは、西部先生の本であります。
ともかく、これまで先生は私の北極星であり続けました。いつも道を指し示してくれたのです。これからもそうであろうと思います。守破離なんて私のような能力では到底あり得ない。だから、いつまでたっても先生は道標なのです。

ところで、、皆さん知ってます? 西部先生はユダヤ人の末裔なのですよ。(o^-^o)

人気ブログランキングへ


2010年12月 8日 (水)

いまごろですが。。

12.4 領土奪還一周年記念 京都朝鮮学校解体デモ行進に名古屋から15人が参加しました。左翼のお迎えもあって楽しかったです。でもちょっとショックなことがありました。個人的なことですが、私は真ん中で横断幕を持っていますが、後ろから見ると、ちょっと太り気味でありました。あわわわわわ( Д) ゚ ゚
足も思っていたより太めでした。こうやって動画になるとよくわかります。

そういえば、今日、市場のお兄さんが「動画に映ってましたよ。」と私に言いました。「ん?どこで?」、「名駅ナナちゃん前でした。」「じゃあ、私だ。」と返すと、「こぇ〜」と怖がられてしまいました。前から車に貼ってある日の丸を怖い怖いと言っていたお兄さんでした。

こんな後ろ姿の私が世界に配信されているなんて、とんでもないことです。まずいです。桜井会長、私にダイエットを教えてくださーい!!!

人気ブログランキングへ

地球の裏側で一人、対等の立場を要求し、威嚇にも一歩もたじろがない男

今日は西尾幹治「国民の歴史」をほぼ丸写しする。

これはスペインが動けば世界は震えるといわれた時代の話である。フィリップ二世はその代表者である。かたや地球の裏側には豊臣秀吉がいた。彼らは顔を合わせたことはないが互いの存在を認識し合っていた。

このころ、スペインは南ヨーロッパ全域をすでに手中に収め、中南米大陸を征服しイスラム世界さえも打倒した。東回りでアジアに進出したポルトガルをも併合し、マニラを基地としたアジア経営にも怖いものなしという自由自在の絶頂期にあった。フィリップ二世はその代表者だった。

よもや地上で無礼にも歯向かうものなどいまいと信じていた彼に、地球の裏側で一人、対等の立場を要求し、威嚇にも一歩もたじろがない男がいることを知り、どう思ったであろう。秀吉は世界の他の王権、明の王やフィリップ二世に宛てた書簡において、「予、懐胎の初め、慈母日輪の胎中に入るを夢む」という言葉を使っている。自分は太陽の子であるという意味である。文禄三年のマニラ総督宛の秀吉の書状が残っている。スペイン国王に開城するように申し渡している手紙である。


『予が誕生のとき、太陽が予の胸に光を与えたが、これは奇跡であり、これによって予が東西にわたって君主となるべき人物であり、諸国はことごとく予に服し、予の門に来って屈服すべきであることが判る。これを為さぬ者は戦いによってことごとく殺戮するであろう。予はすでに日本全国及び朝鮮国を手に入れ、数多の武将がマニラを攻略に行く許可を予に求めている。
 これを知って原田と法眼は予に、「彼我の地の間には諸船の往来があり、それによってマニラが敵であるとは思えない。」と言った。この道理によって予は、マニラへの軍勢を派遣することを思い留まったのである。
 朝鮮の人々に対して彼らがその言葉を守らなかったので戦を始め、その首都までも獲得し、その後予の部下は彼らを救援にシナから来た無数のシナ人や数多の貴人を殺害した。(中略)彼らはかの地においてシナからの使節を待っている。もしシナ人がその言葉を守らぬならば、彼らと戦うために予自ら出陣するであろう。こうしてシナに到ればルソンはすぐ近く予の指下にある。予は日本とフィリピンが永久に友交を保つことを希望する。これをスペイン王に書き送られよ。遠隔の地を理由にスペイン王が予の言葉を軽んずることがないようにせよ。』


この二人の覇権意思の王者は、ほぼ時を同じくしてこの世を去り、対立のドラマにも終止符が打たれた。秀吉が心を許していたポルトガル人は通訳のロドリゲスだった。死期が迫りつつも、まだ昏睡状態に陥っていないころの秀吉は彼に謁見を許した。秀吉はそば近く彼を招き、毎年のように遠路を厭わず会いにきてくれた労をねぎらい、絹の小袖と米二百石と頑丈な船を贈った。そして翌日、もう一度ロドリゲスを招き、ポルトガル船の商談を早急にまとめるように頼み、別れの挨拶をした。

「この最後の会見中、ロドリゲスは秀吉の臨終が迫っていることを感じ、神による魂の救いについて語りかけたところ、秀吉はていねいに、しかも毅然として話題を変えた。ロドリゲスは城を立ち去るとき、自分は七年にわたって秀吉と友誼を交わしていたにも拘らず、個人的にキリスト教の話をする機会が一度もなかったことに気がついてがっくりした。」

西欧勢力と貿易はするものの、布教は許さないという臨終に際しても変わらない凛然たる態度は、その後、徳川政権の外交基本政策として引き継がれた。


人気ブログランキングへ


日本よ、誇り高くあれ

日中の戦争が起きれば中国は核兵器で反撃する―香港誌


当然のことだろう。核は全く使われない兵器ではない。このニュースで日本がすくんでしまえば、尖閣、沖縄は不戦敗で取られたも同然だろう。

「核武装は実現性がない」というふうな意見がちらほら見られる。しかし、核武装の実現性がないと言うなら、入管特例法の廃止だって実現性がないし、国家社会主義だって実現性がないのではないか。

「困難なことだからあきらめる」???

それでは、英霊の魂が浮かばれまい。黒船が来航した後、治外法権と関税自主権の不平等条約を結ばされ、これを跳ね返すために明治維新が起こったのは有名である。当時の日本人は誇り高かった。不平等条約を飲まされるのが屈辱だった。

この日本にあって、明治維新以来ずっと続いてきたテーマは「欧米支配からどう脱却するのか」だったはずだ。NPTだって戦勝国だけが核を持てるという不平等条約なのだ。戦後日本人はこの不平等条約をすんなり受け入れ、なんの痛痒も感じないのか? 欧米の洗脳支配は根深いようである。

内緒のうちに核があった、探したら核が出てきた、ということはあり得ない話ではないかもしれないが、そんな甘いことではいけない。核武装は国民が核を選択するかしないかの決意の問題である。その決意こそが日本再生の鍵である。核は単なる道具ではない。先人から受け継いだスピリットを取り戻すという意味の象徴でもある。

核武装へのプロセスとして、まず第一に必要なのは、日本人が戦後的精神、アメリカによる洗脳支配を脱却し、先祖から受け継くはずの精神を取り戻すことである。これが一番困難だ。これがなければ入管特例法の廃止だって、左翼マスコミの打倒だって、まともな政治家を選ぶことだって、なんだって到底できえない。なにをやるにも根っこは同じなのだ。精神を取り戻すための必要事項は、戦後日本人が戦後的価値を心底反省することだ。

核武装一つとっても、戦後日本人がここまで揺れ動くのは、米中の思惑に左右されるのは、自らの精神の置き所に「ぶれ」が生じるからに他なならない。要するにこの人たちは、生命は手段に過ぎないことも知らなければ、生命以上の価値を確信していないのだ。付け足せば、生命以上の価値を確信するのが保守というものである。

次に、万が一日本人が精神を取り戻したとしよう。アメリカリアリストのケネス•ウォルツ、アメリカ保守派言論人のチャールズ•クラウトハマー、有力シンクタンクAEI研究員のデビット•フラムなどは、以前よりアメリカのために「日本を核武装させろ」と論陣を張っている。キッシンジャーだって日本の核武装を認めると受け取れるような発言をしている。日本の核武装を支持する人はアメリカにもたくさんいるのだ。

このニュースの中でも、「米国では「日本を使って中国を牽制させよう」という動きが広がっている。」と書いてあるだろう。ロビー活動をしてきっちり話をして行くべきだ。できるかできないかではなく、やるかやらないかである。

私が思うにヨーロッパも、特ア以外のアジア諸国も、パクス•チャイナでは困るから、意外にすんなり認めるのではないか。日本の核武装をアメリカは絶対に認めまいと、まくしたてるのも、核武装の議論すら封じるのも、朝日新聞を中心とした日本人自身なのである。ま、確かにアメリカが一番問題なのだけど、決意をした日本人が選んだ政治家が、アメリカを説得するために政治だの外交だのに精を出せばいい。

核による先制攻撃はしないとか、まだ色々と条件はあるであろうが、そこは西部師匠とか核武装を唱えている方々の本を読まれたらいい。別冊正論の核武装論でも、西部師匠の核武装論でもいい。私は細かいことを覚える気もないし。日本人が捨ててしまった正義を拾い集め、精神を取り戻すだけで私には十分なのだ。あとは努力さえすれば、必ず道は開けると信じ突き進めばよい。

とにかく議論だけでも始めるべきである。


日本よ、誇り高くあれ!

人気ブログランキングへ

昔の日本人がどれほど高飛車で誇り高かったか、次の日記で教えてあげよう。「上から目線」などとキモイ言葉を使う人間にはわかるまいが。。。


2010年12月 6日 (月)

マキャベリズムの体現者、チェーザレ•ボルジア

 ルネサンス期、15世紀の終わりから16世紀初頭にかけて、初めて、内乱状態にあるイタリア統一の野望を抱いた若者、チェーザレ•ボルジアは、父や縁戚フランス王の権威を背景に、自らの王国樹立のために権謀術数の限りを尽くした。その卓抜した力量は、絶大なる支持を得る一方、多くの敵対者をつくることにもなり、当時から現在まで彼の評価はさまざまだ。

チェーザレ•ボルジアを語るとき、暗殺,裏切り,権謀術数……冷酷で非情、近親相姦と毒殺の一家、といった言葉が常に付いて回る。しかし、彼が常識をはるかに超えた、けた外れの人物であったことは、間違いない。彼の闘い方は非常に合理的であった。塩野七生さんは「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」という本を書かれている。

日本人で良く比較の対象になるのは織田信長だ。どちらも時には冷酷な方法も使い内乱状態にある国を統一しようとし、 最後は非業の死を遂げた人物だ。


君主論を著したニッコロ・マキャベリは、その中でチェーザレ・ボルジアこそ理想の君主であるとしている。分裂し混迷するイタリアを統一し、平和と安定をもたらすためには、冷酷さ、非情さは君主にとって持つべき資質であるという。一方、チェ-ザレ・ボルジアも、マキャベリの高邁な思想や卓越した自己制御を高く評価している。

まあとにかく、チェーザレは、前に書いた「ジョセフ•フーシェ」と並んで、「マキャベリズムの体現者」「行動の天才」だったようである。今の日本人はチェーザレという英雄の資質を考えてみる必要がある。

最後にマキャベリの言葉だ。

【慈悲深い君主と酷薄な君主とでは、どちらが良い君主と言えるかという問題だが・・・チェザーレは酷薄な君主と思われていた。しかし、この彼の酷薄さが無法の横行していたロマーニャ地方に、平穏と信頼を回復させたのである。

反対に、フィレンツェ人は、酷薄と思われるのを避けたい一念で行動したために、結果としては、ピストイアの街の破壊を放置することになってしまったのである。それゆえに、チェザーレの方がフィレンツェ人よりも、よほど慈悲深かったといえるのだ。

 君主たる者、酷薄だという悪評を立てられても気にする必要はない。歴史は思いやりに満ちた人物よりも酷薄だった人々の方が、どれほど民衆を団結させ、彼らの信頼を獲得し、秩序を確立したかを示してくれる。】

人気ブログランキングへ


2010年12月 4日 (土)

花魁

オオヤマレンゲの前のHNは「おいらん」でありんした^^

下位の遊女と一夜を共にするのとは異なり、花魁を揚げるには様々なしきたりが存在していた。これが笑える。

「花魁には、茶屋を通して取り次いでもらわなければならなかった。このため、茶屋で豪勢に遊び金を落とす必要があった。座敷では、花魁は上座に座り、客は常に下座に座っていた。花魁クラスの遊女は客よりも上位だったのである。

初会(つまり一回目)、花魁は客とは離れたところに座り、客と口を利かず飲食もしなかった。この際、客は品定めをされ、花魁にふさわしくないと思われたらその花魁とは付き合うことができなかった。客はたくさんの芸者を呼び、派手に遊ぶことで財力を示す必要があった。二回目には、少し近くに寄ってくれるものの、基本的には初会と同じである。

三回目にようやく馴染みになり、自分の名前の入った膳と箸が用意される。このとき、ご祝儀として馴染み金を支払わなければならなかった。通常は、三回目でようやく床入れ出来るようになった。馴染みになると、客が他の花魁に通うのは浮気とみなされる。他の花魁に通ったことがわかると、花魁は客を吉原大門のあたりで捕らえ、茶屋に苦情を言った。客は金を支払って詫びを入れたという。花魁には馴染みの客が何人もいるため、時には指名がかち合うこともある。その際は名代といって新造が相手をするが、新造とは床入れ出来ない。一方で、通常の揚代金を取られることになる。」

いいねえ、このしきたり。めちゃいいじゃん。別に何が言いたいわけではないけれど、いいなあと思って。こういう世界があったんだ。明治維新も考えものだ。今度、花魁道中だしてもらおうかなあ。。

人気ブログランキングへ


2010年12月 1日 (水)

【ニコニコ動画youtubeでおなじみの在特会PR街宣】

【ニコニコ動画youtubeでおなじみの在特会PR街宣】

在特会を世間にもっともっと知らしめましょう。在日特権の現状をさらに多くの国民に周知したいと思います。奇数月第1週は在特会愛知支部のビラ配りの日です。みなさまどしどしご参加ください。


【日時】
平成22年12月5日(日) 13:00~14:30

【場所】
栄三越前

【現場責任者】
愛知支部長 佐倉一二三

【注意事項】
国旗・プラカード持参歓迎
特攻服など現場にそぐわない恰好はご遠慮ください
撮影が入るため、顔を写されたくない方はサングラスなどご持参ください
現場責任者の指示に必ず従ってください

【主な弁士】
桜井誠、佐倉一二三

【主催】
在日特権を許さない市民の会 愛知支部

【問い合わせ】
在特会愛知支部メールアドレス
zaitokuaiti@gmail.com

人気ブログランキングへ

下手人は中井洽

民主党議員、秋篠宮殿下に「暴言」か=事実関係を調査へ-自民

このニュースを見て、私も反左翼的日記を書きたいと思った。

この議員、きっと外国人に違いない。とりわけ帰化朝鮮人だろう。

外国人なら納得だ。祖国が暴けるいいチャンスだ。誰かなnote誰かな〜note

早く名前を披露してもらいたいと思っていたら、中井洽前国家公安委員長でした。

Nakaihiroshi

mixiの方で「こいつの顔は何人だと思いますか??」と聞いたら、「中井の顔はちょんくさい」と帰ってきました。そういえば池田大作先生にもちょっと似てる気が。。

やっぱチョンか。こいつをチョン認定いたします。とても日本人の感覚じゃありませんものね。

人気ブログランキングへ


« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »