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2010年8月20日 (金)

体制保守のみなさまへ

私は私人として運動をしているわけではないので、インターネットで公人として言葉を発しているつもりだ。いつもグダグダとブログで吠えるのは、保守派と言われる人々には、2種類あると感じるからだ。

まず一つは、思想をしっかりと持ち、先人から受け継いだ、価値があると思われる精神の形式を保守せんと努め、多少の犠牲をはらおうが、自分をもそこに組み込んでいこうとする伝統保守。もう一つは、現在の体制、民主主義や個人的自由、技術的合理を守ろうとする人々。要は自分らの生命と財産を守ろうとする体制保守(考え方・思想としては左翼)。この体制保守が圧倒的に多い。

私はこの体制保守に、もう一歩進んでもらうために、拙くはあるが、ブログを書いているつもりだ。

新しく運動に参加した人があると話を聞いてまわるのだが、ネットで目覚めたという人が圧倒的に多い。私はこれを否定するものではない。初めの一歩である。しかし、この人たちは、昨日まで日常生活の隅々にまで近代思想=左翼思想に漬かって生きていた人たちで、天皇陛下万歳なとと言ってはみるけれども、思考の型や頭の中身は変わっていない。だって近代思想に漬かって生きてきた自分を総括し反省してないんだもん。総括すれば、その次の二歩、三歩が始まるのに。

いつも「国体護持!」と言っている仲間の一人が以前このようなことを言ったことがある。「僕はアメリカの文化は好きなのだ。だってかっこいいじゃん。日本もアメリカのようになればいいと思う。それに、あなたのいうのが保守なら、自分は保守ではない。」 こうぬけぬけと倒錯したことを言ってのけたのだ。。この人にとって、国体護持という言葉は、刹那的な感情であり、ファッションでしかないことが見て取れてしまった瞬間だった。

また親米保守と言われる人も少数いる。今、ミクシィで議論して説得しようと努力しているのだが、これがなかなかしぶとい。親米保守はなぜか経済だ貨幣だとうるさい。戦後、アメリカから与えられた個人的自由と技術的合理が好きで好きでたまらないらしく、団塊世代のオッサンたちに、欲望、感情というキーワードから抜け出させることは、困難を極めるだろう。ここは私も譲れない。だって代表じゃん。なんとか説得せねば。

体制保守に共通しているのは、生命・財産という自分らの都合で運動しており、私人性が強いという点である。

私事と書いて「ひそかごと」と読むがごとく、私人性とは人々から隠された次元にある。感情的な要素が強いのだ。私人性が強いと、良い場合では愛情や好意といったものになるが、悪い場合では嫉妬や怨恨ということも起こる。マスコミもも私人性ばかりをクローズアップするなあ。感情とはうつろいやすいものである。ロジックなき感情は一貫性がなく刹那的で矛盾をはらむものである。

変わって、昔の武士が外国人に尊敬されたのは、彼らは感情や私的な意思を封殺した公人だったからだ。維新の折、欧米を訪れた使節団に外国人が度肝を抜かれたのは、彼らの美しい立ち居振る舞いだったという。

公人性において最も重要であるのは何か??言葉のロジック(論理)である。論理とは言語活動の前提、推論、結論を、できるだけ誰にでもわかるように明示することだ。自分の言論に正当性を裏付けるため論理を駆使するわけだ。

公人性とは、強い意志をもって日本語を可能な限り論理的に駆使し、公の場で自分の出現を示すことである。デモクラシーというのも、一般の民衆が、公人として議論を展開し、決定を下す制度のことに他ならない。公の決定に対し私人性をむき出しにして不平不満をぶつけるだけなら、それは衆愚政治である。

日本の戦後の右派と呼ばれる人は、励ましあったり同情しあったりすることはやってきたけれども、思想営為を積んでキリキリと絞り込んでいくようなことはしなかった。情念のみでやってきた。今の右派だって同じだ。確かな思想がなければ、仲間内の言論はヒューマニズムに流れていくのがオチだ。

ロジックというのは公人として言葉を発する以上、必要不可欠なものである。このロジックが現代日本人に不足しているため、世論がだらしないものとなる。

体制保守よ、まず自分のふがいなさを知ることからすべては始まるのだ。励ましあったり同情したり、みんな仲良くもいいけど、運動内世論もだらしないんだよ。お上が悪いとぶちまけるだけなら左翼と変わらないんだよ。自分たちは同情し合い、悪いのはお上だってかっこ悪いと思わないか? 感情論はやめようぜ。保守派が村の衆じゃダメなんだよ。 君らの意見が人を感化できるとは思わないが、仮に多数の国民を感化したとしよう。結果出来上がるのはヘンチョコリンな人たちによるだらしない国家でしかない。わかんねーだろうがな。言っておくよ。

ま、でも、私はこれまで、どこへ行っても規格外のはみ出し者だったからね。はみ出し者の言うことは、いつかふとした瞬間に思い出してくれさえすればいい。

で、また上から目線と言われそうだ。上から目線というのは、平等主義者の言う言葉だ。それは覚えとけ。

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保守と反左翼」カテゴリの記事

コメント

 近代も既に過去、今の時代は現代ないしポストモダンということではないでしょうか。
 それならば、近代を保守する考え方があっても問題はないかと。

・・・3種類ある。
伝統保守と体制保守と、あと一つは職業保守。
ただし、職業保守は前二者のそれぞれと重複している。

職業保守のことを少し詳しくお願いします。


反射で書き込んでしまいました(汗)
サイト主じゃなかったのか……。失礼。

ななしさん

保守も近代も和訳です。時代区分のことではありません。

保守はコンサバティブの和訳、近代はモダン、近代主義はモダニズムの和訳です。そう聞けばわかりやすいでしょう。

だからモダニズムをコンサバするのはおかしいでしょ。コンサバティブという言葉を調べてみてください。私の言ってることがわかるはずですよ。


日ノ本零さん
職業保守ってもしかしてあの人たちのことですか??
ぶぶぶ。

 近代における合理主義・科学主義の氾濫は、科学の中でも化学・物理の氾濫です。それらは環境問題・健康被害等のの問題を引き起こしました。しかし、反省を以て化学及び物理分野は一応の落しどころを見つけ、今となっては社会に定着しています。ここにおいて、近代は過去であると思うのです。

 しかし、今も合理主義ないし科学主義の氾濫はあります。それは化学・物理ではなく、生物・情報科学の分野です。これらの分野は化学・物理に比べ出遅れていましたが、コンピュータの発展により、急速にその力を伸ばしています。それは現在、生命倫理・情報倫理をおびやかしています。

 ここで、近代における化学・物理の氾濫の経験が役に立つのではないかと、生物及び情報科学分野の氾濫を抑制するのに利用出来るのではないかと思うのです。
 
 以上より、近代を重要視する保守の考え方があっても問題ないと考えた次第です。

 勿論、ファッションで何かをやってる連中は論外ですが……。

ああ、あなたも親米体制保守と似たようなものの考え方をされますね。

あなたは専門分野の微分的思考でお話をされていますが、私は、積分的思考法でお話をしているわけです。まったくかみあっていませんよね。

で、なにがかみ合わない原因かというと、やはりあなたは近代主義という言葉の意味をよく理解されていないのだと思います。

近代主義とはを説明しようと思うと、文字数が半端ではなくなりますので、やめておきます。昔の記事で説明した気もしますが。。
まあ、文章から類推すると、あなたは、技術的合理の好きなモダニストです。

 職業保守とは、桜井会長も指摘されている、保守ビジネスを専とされる方たちですが、
そういった、保守の課題で論壇に立ち、対価を受け取ることは、悪いことではありません。
 時として、それらの言説が非難の対象とはなっても、
公人としての職業保守の発言には、社会的な影響力やパワーがあります。
 しかし、職能的な職業保守の村人や、主従、師弟関係でもない、
我々のような、広義の存在としてのネットウヨクの中には、
そういった保守論壇に憧れて、勘違いする者が、往々にして目に付きます。
功名心に駆られて、新聞やテレビに出て、売名に腐心し、
任意の小乗的会派の露出度をあげることによって、有料講演会やイベントへの集客を計ったりされる手法が、
時に、強引であったり、乱暴であったり、無節操であったりします。
 さらに、敵対したり、目障りだったりする対象には、
個人のプライバシーや、デモを実行するに当たり、警備当局提出へのスタッフの個人情報を、
脅迫や恫喝、嫌がらせ、時には、身に覚えもないようなでっち上げの誹謗中傷・・・例えば、
「盗撮魔とか、性犯罪者とか、肉便器とか・・・」犯罪者や人間性を否定するような下品な誹謗中傷を、
2ちゃんねるなどのネットや、ブログのコメント欄に匿名で書き込む・・・悲しい人間性の方たちも、
残念ながら、愛知県には存在していました。←過去形!
 我々市井の・・・、保守活動に専従できない者は、伝統であれ、体制であれ、
対価を得る、プロとしての職業保守とは、一線を画し、立場の違いを肝に銘じ、
分をわきまえて、一歩、また一歩と、歩んでいく、謙虚さが必要なのです。
 よーめん氏が指摘されたように「過激と無謀は違う・・・」
今回のチーム関西の顛末が、主権より時系列で公表されたことは、
保守の活動においては、良い教訓となりました。
http://www.shukenkaifuku.com/info/main.cgi?mode=thr&no=106
西村修平氏は過激ではあっても無謀ではない。
行動する運動という活劇の、絶妙な舞台回しであった。
桜井会長は、残念ながら、西村修平氏ほどの経験値に基づく慧眼が足りなかった。
・・・以上が、私の今夏の行動する運動or保守への総括です。
(´・ω・`)・・・おやすみだよ。

そういった連中はいずれ消える運命ですよ。

いくらカッコつけても、人はちゃんと見ているものです。2,3年たてば、勢力図は確実に変わってますから、気に病まないことです。私もしつこくやられて怒りはしたけど、気には病みませんでしたよ。だっていずれ消える奴だということは、容易に予測できるでしょ。

あ!! 過去形だったか。失礼。ほら、消えたでしょ。

 経験というか過去ですね。
 過去には当然価値がある。しかし、それを自分の趣向のみでより分けていては、真の叡智は得られない。
 
 生物・情報分野この問題はモダニズムだから云々という批判で解決出来るものではないと思うのです。過去の例を提示し、専門分野を枠を超えて警鐘を鳴らす必要がある。ああ、あまり私も微分的思考(細分化?)ではありませんね。オオヤマレンゲさんとは1、2個次数が違うだけかなぁ。

 それと積分的思考というのはある程度専門的なことから積み上げていき、最終的に一般化するというような考えですよね。私が思うに、オオヤマレンゲさんは大きい所から始めただけで、そこから対して積分していのかな。

 

 

なるほど。今回のあなたのコメントは一番面白かった。

>オオヤマレンゲさんは大きい所から始めただけで、そこから対して積分していのかな

あはは。たしかにそのとおり。でもね、この文章を書くために、文章を書く前の段階で積分的思考をしてるいんですよ。おもしろ。。

この「保守体制にもう一歩進んでもらう為に、ブログをかいている」といわれたが、

それですと、まるで体制保守が遅れているように感ぜられます。

 体制保守→一歩前進→伝統保守

これは、前進ではなく退歩です。

ダウィーンによれば進化は

 伝統保守→一歩前進→体制保守

伝統保守は、皮をかむっているのです。

外の世界が怖いのです。

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