最近のトラックバック

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

« 保守主義その1……保守主義の反対語は設計主義というのがわかりやすい | トップページ | 保守主義その3……保守思想は過去の膨大な数の人間の生、生きている人間の生を肯定し意味を宿らせる思想である。 »

2010年5月26日 (水)

保守主義その2……未来は合理的予測の範囲を超えるものであり、人間は間違うことも往々にしてあると考えるのが保守主義

またこのブログに匿名で貶すだけが目的の奴が湧いて来ているが、本当に腐ってる。批判するならきちんと批判しろ。一人は左翼で一人は愛国者気取りの奴だろう。どうせ面と向かったら大したことない奴だろうが。

で、文脈から察すると、私の論には根拠がなく、勝手で短絡的であるいうことが言いたいようだ。
根拠を示して誠実に対応しておいた。だから今度はオマエさんの番だ。私の論が勝手で短絡的だと決めつけるオマエの根拠を示せ!! 批判とは言える代物ではないが、批判したつもりなら責任を果たすべきだ。


話は変わるが、、

ところで、昨日、保守主義は設計主義の反対の意味だということを書いた。この次、どう説明したらいいのか??と、今日1日考えた。保守主義が尊ぶ「伝統について」を書くのが一番いいだろうと思った。でも、そのことについては、このブログで前に何度も書いたので書く気がしない。

で、体系的な説明にはならないが、先日ある方とお茶をして話が発展して面白かったので、そのことについて書こうと思う。

その人はこう言った。

「最近は運動というより、お祭り参加型の人が多いね。一番イヤだなと思うのは、思想も何もないような者が、わかったような口をきくのが見てられない。お祭り参加型の烏合の衆かどうかは、動画から見て取れる。」

私はそれに同調した。運動は楽しくないといけない。がしかし、楽しいから参加するというのはあくまで個人の感情レベルでしかない。

思想に根ざしたものがないと、(指導者の煽動により)間違った方向にも行くことが、往々にしてあり得ると思う。20世紀のドイツでナチスの独裁政権が生まれたのも、民衆の喝采によってだし、また日本で小沢独裁政権が生まれたのも民衆の喝采によってである。

指導者は、いや人間は間違うことも往々にしてあるのだ。これをわかっているのが保守主義である。未来は合理的予測の範囲を超えるものであり、人間の判断力は往々にして間違うこともあるから、それを少しでも妥当なものにするため、人類の経験の堆積された歴史に学び、時代を超えて生き残った伝統を大事にしようとする考えである。保守思想は、経験の沈殿物のほうが、合理よりも、人間の取り組みに対して確実な前提を与えると理解している。

我々の運動は現在においてベクトルは間違ってないと思う。しかしお祭り参加型の人が増え、運動が大衆化するにつれ、間違ったベクトルに群集心理でいつなだれ込むかはわからない。ベクトルを個別の状況に対処するかたちで制御できるのは、思想の論理である。

朝日の記者にも言ったことがあるが、私がこの行動する保守運動に関わることについて、運動の最終地点まではご一緒出来ないかもしれないと、随分前から予測している。(死んでいたら別だが。。なにも自分の生死のよって判断するつもりはない。自分の思想とベクトルが一致するかどうかだ。)

思い出すのは、イラク戦争という個別の状況において、間違ったベクトルに向かった親米保守、グローバリズムがモテハヤされたとき間違ったベクトルに向かった市場原理主義者などである。西部先生はいつの時代においても正しかった。

自称保守たちは、左翼に愛国無罪といってからかわれている。当ってると内心思っているのだが、民主党がやることは何でも批判したり(口蹄疫がいい例である)、逆に愛国政治家と言われる人のやることにはなんでも賛成してみたり、感情論に明け暮れている。なんでどうなるのかと言えば、思想の論理が不足しているということに他ならない。

ソクラテスが言うように、バカは自分がバカだと知ったとき、初めてバカを脱皮できる。自分がバカだと知っているということが、保守思想というものだ。「ゴミの分別をしないで君たち保守といえるのか」なんてホザいた人がいた(爆笑)が、良い子ちゃんをするのが保守であるという見方は、かなりの勢いで間違っている。わはは!

保守とは良い子ちゃんを維持できることでもなければ、左翼が悪い、朝鮮人が悪い、政治家が悪いと、悪い者探しをすることでもなく、日の丸や君が代、軍歌、天皇といった具体物を単に有り難がることでもない。(と言ったら、また嫌われるだろうな。。。フウ。。でも、そうなんだから、仕方ない。。。)

« 保守主義その1……保守主義の反対語は設計主義というのがわかりやすい | トップページ | 保守主義その3……保守思想は過去の膨大な数の人間の生、生きている人間の生を肯定し意味を宿らせる思想である。 »

保守と反左翼」カテゴリの記事

コメント

 物理主義には、この世のすべての現象は物理的であるとする考えと、全ての問題は物理で解決出来るととする考えがある。前者は事実だろうが、後者は自身をラプラスの魔と仮定してしか成り立たない。合理にもそれが言える。

 あなたの言う設計主義は合理で全ての問題を解決出来るとする考えであるから、それを批判することは私も同意する。しかし、保守主義の反対をあなた自身で勝手に設計主義と置いて、それを批判することで革新主義及び合理主義を否定することには同意出来ない。伝統を一概に否定しない、または伝統に触れない革新主義及び合理主義も存在するからである。

 私は保守と革新は両翼揃ってこそ意味の有るものだと考えている。机上の空論である設計主義のみを否定し、それにより保守主義のみを肯定するあなたの考えもまた絵空事である。

>伝統に触れない革新主義及び合理主義も存在する

具体例を言ってくださいな。


あなたの方が勝手に決めつけているいい方に思えますよ。

私の論の方を「勝手に決めつける」と言っておいて、あなたは前提も前提も推論もなしに絵空事だと決めつける結論だけがある。

合理で問題解決を図ること対する批判に同調しながら、革新主義及び合理主義を否定することには賛同しないという、あなたは分裂症でしょうか。

ちゃんと頭の中に論理がありますか?? あんた大丈夫?? あなたが正常だと前提をおけば、あなたは咀嚼消化されないままの聞きかじりの知識でどうしようもない論理を振りかざしているだけに見える。

ちゃんとした批判がきたかと思って読んだら、めちゃくちゃだぁ。。。反論のしようがない。困った困った。。

 伝統に触れない革新主義及び合理主義ですが、合理をシステム(製造システムや、流通システム、軍事システム等)に対して導入する合理主義や革新主義がそれに当たると思います。つまり、芸術、地域文化、慣習法、天皇制に等の伝統に対して合理を導入せずに、システム上に存在する非効率な権利保護や経験則に合理を導入すると言うことです。

 合理の導入方法に様々な形があるにもかかわらず、ラプラスの魔を前提として合理を行使する設計主義に限定して保守主義の反対語とする、あなたの考えはおかしいという訳です。

 もちろん、今述べた様な革新主義、合理主義だけでは問題解決出来ませんが、保守主義だけでも問題解決出来るわけではないでしょう。

ああ、あなたの言いたいことは、合理的体系の応用範囲を広げていく技術主義ということですね。

それは生活上の便宜という次元の変化です。生活の便宜に対する人々の欲望が技術革新へと繋がっています。あなたは自然破壊なども含め、本当に技術主義が良いと断じることができますか??

技術と言っても、例えば料理なども技術ですが、それは経験的な技能ですから、そういうものをあなたも言ってないと思いますから、それは省きます。技術主義は料理などの実際知も破壊されます。あなたのいうのはタダ単に合理としての技術ということですね。このパソコンなどは合理としての技術の最たるものです。

文明が文化を駆逐すると言ったヨーロッパの知識人がいますが、私は彼の言った通り、文明没落の兆候を感じています。

詳細については説明できないし、しようとも思わないので、西部さんの本を読むことをお勧めします。

お互いにもっと勉強しましょう。

たとえば、市場1つとっても、システムとして一夜に出来るものではありません。そのルール形成には、お金だけでなく権力、慣習、価値といった歴史的遺産の上にあるのです。合理的諸個人による合理的契約だけでは市場が出来るはずがありません。

ついでにもう1つ言うと、国家というのも一夜にしてできない。例えば中国なんかは20世紀になってから出来た人工国家ですが、経済を開放するのと同時に、国をまとめるため、反日をやらざるを得なくなった。そういう意味ではかわいそうな国です。合理的な契約で国家はできないから、反日をしたり強権発動したりしなければならんのです。合理主義では歪みがかならず出るのです。日本も今や、よその国を心配している余裕はないのですがね。

そんなに都合良く保守主義と近代主義を使い分ける英知は人間にはないし、近代主義など人間の精神にとって害悪なだけです。

 私は合理の適用範囲を縮小します。合理主義は究極的には老人や障害者の虐殺も肯定してしまうでしょう。
 まず、合理を道徳という善悪の境界線を用いて縮小します。
 次に、問題解決における保守主義の領分と革新主義の領分の、後者の領分に適応するように縮小します。保守主義の領分とは前に述べたように、芸術、地域文化、天皇制、慣習法等であり、革新主義の領分はシステムに関することです。
 
 技術主義に関してです。技術主義の定義はなんでしょうか? 仮に、技術進歩を絶対的に肯定したり、技術進歩に絶対的な信頼を置くような主義であるとするならば、私は反対の立場をとります。技術進歩への心酔が生み出すのは、環境学者の言うゼロエミッションや経済学者の抱くデカップリングに代表される現実からの乖離に過ぎませんからね。

 しかし、ある程度の技術進歩の肯定は必要なことです。あなたは技術主義によって、料理などの実際の知が破壊されると言っていましたが、技術進歩により料理のバリエーションは増えていますし、SF小説のネタは豊富なものになっています。このことより、文明が文化を一概に破壊するとは言えないと思います。
 

 確かにシステムの初期には、慣習や権力は必要となるでしょう。それはシステムの初期が非常に不安定だからです。しかし、現代の安定化されたシステムにそれは必要でしょうか。安定化したシステムは権力や慣習が無くとも回すことが出来ると私は考えます。その時、権力や慣習がシステムの効率化に支障をきたすでしょう。


確かに「合理的に推論すること」は人間の最大の営みと言っていいと思います。保守主義はそれを否定しようと言うものではありません。

しかし合理主義となると意味合いが違います。なんでも割り切って合理そのものを最大の価値とする精神ということです。

それにあなたが言うのは、私の解釈ではこういうことです。具体例を挙げます。専門家ではないので、言葉の間違いには容赦ください。

我が国にはきちんとした法律があります。それはルールの体系です。そのルールの解釈なり個別的で特殊的な事件に対するルールを適用する者として裁判官などの仕事があります。

裁判官はルールをただ単に適用するだけではありません。裁判官は何を根拠にルールを扱うのかと言うと、常識と過去の判例を根拠に個別の事柄をルールに当てはめるのです。例えば情状酌量ってありますよね。

で、あなたのいうことをこれに当てはめると、慣習や常識がシステムの効率化に支障をきたすので、裁判官はいらないと言っているのです。

例えば殺人をした者は死刑。どんな事情があろうが死刑。または1年の懲役でもいいです。そうと決まるのです。あなたの言っていることは、こういうおそろしいことなのですよ。

よく考えなさい。

 返答遅れ、すみません。 

 あなたが言っている合理主義はすべての問題を合理で解決出来るとする考えであり、私の言っている合理主義ではありませんよ。私の言っている合理主義は二番目と三番目のコメントの冒頭に示しているものです。

 裁判官の例についてですが、私は保守主義の領分として、芸術、地域文化、天皇制、慣習法を挙げています。これは過去の、私のコメントからも確認できると思います。

 慣習法は、刑法において判例の事を指します。また、判例は裁判の迅速化に一役買っていることから、あなたの言う効率化に支障きたすものではありません。

 常識についてですが、常識に一定の規格というものは存在しません。裁判官が常識を使用する時、その常識は裁判官の主観ということになります。このことより常識は革新主義の領分ではなく、保守主義の領分ということになります。つまり、常識に合理を導入することはなく、常識は否定されません。

 具体例はそれだけでしょうか、それ以外は私の意見に納得したということでよろしいでしょうか。

 私の言いたいことは保守主義の反対語は設計主義ではないということ、保守主義と革新主義が共存してこそ、その意味があるということです。
 
 

残念ですが、まったく賛同できません。

合理主義と辞書でひいてごらんなさいよ。あなたの言ってる合理主義とはご都合主義のことじゃないですか??

論理が見えないのです。

>安定化したシステムは権力や慣習が無くとも回すことが出来る
>権力や慣習がシステムの効率化に支障をきたす

と言ったのはあなたですよ。

自分の書いた文章を忘れて、その都度いっていることが変わるというのは、あなたの中に確かな論理がないということです。生活の隅々に至るまで確かな論理があってこその思想です。

 あなたは自分の考えを辞書に頼っているのですか。あなたが信じる保守主義はすべて正しく辞書に載っているのですか。載っているとすれば、あなたはその辞書の文字を読んでいるに過ぎません。それは思考の停止です。

 ご都合主義についてですが。都合の良いように考えを当てはめるのはいけませんか。ある一つ考えを元に、ある問題を解決しようとした時、その考えではうまくいかない場合、都合が悪い場合が当然あるでしょう。そのときあなたは頑なに違う考えを使おうとしないのですか。その問題問題によって使用する考えを変えるのは当然のことだと思います。

 私はシステムを語る上で、きちんと「非効率」なもの限定で合理を導入すると二番目のコメントで述べています。すべての権力や観衆に合理を導入してそれを排除するとは言っていません。システム上でも効率のよい権力や慣習も当然存在します。保守主義の重んじる伝統にもよい慣習といわゆる悪習というものが存在しますよね。あなたたち保守主義はその悪習も保守する対象なのですか。その悪習を革新主義の考えでもって、合理主義の考えでもって排除しようとは思わないのですか。

 生活の隅々にいたるまで確かな論理があってこその思想ですとあなたは述べています。しかし、それはあなたの保守主義を危うくするものですよ。保守主義の伝統をあなたは全て論理的に証明できると思っているのでしょうか。例えば、天皇制における天孫や、芸術の価値、地域の祭りの必然性、これらは論理的に完全証明できないでしょう。保守主義はこれら伝統を守り、つむいでいく思想なのでしょうが、あなたの意見では保守主義は思想ではないということになりますよ

 質問ですが。保守主義の反対語は設計主義ですか?

そんな屁理屈をこねる奴は基本的に相手したくないね。

ご都合主義を肯定するなら 自分の都合でその都度考えればいい。

確かな論理もない都合によってコロコロ変えるような者に人を批判する資格はないし、そもそも都合によって変える論理の者とは、議論する意味さえない。

いま出かけてるしね。 またね。顔を洗って出直してこいよ。

 あなたが私の考えを屁理屈と考えるならば、なぜ議論しないのかわかりかねますね。屁理屈とは間違った理屈、詭弁の事ですから、そこには論理欠陥がかならずあるわけです。その論理欠陥を議論で取り上げれば、簡単に論理を切り崩すことが出来るにもかかわらず、なぜあなたは議論から避けるのでしょうか。

 私は、あなたの一個前のタイトル「保守主義の反対語は設計主義というのがわかりやすい」が詭弁的であると、屁理屈であると感じたので、議論を始めたのです。私にはタイトルが「保守主義の反対語は設計主義にすると批判しやすい」見えたのです、比喩的な意味ですけどね。

 私の考えは保守主義と革新主義は両立してこそ、意味があるというもので、つまりは保守主義が解決すべき問題は保守主主義が解決し、革新主義が解決すべき問題は革新主義が解決すべきというものです。これは変遷していません。

 モデル化をすると「紙は鋏で切れ、木は鋸で切れ、使い分けが重要だ」という話です。道具は場合によって使い分けていますが、本質的な考えである使い分けるのが重要だという所は変わらないことが変わっていないことがわかるでしょうか。

 次は、問題問題によって、主義の使い分けが存在すると言うことを違うモデルで説明しましょう。ある正方形の平面があるとして、その平面にこの世の全ての問題が敷き詰めていると仮定します。そこで、保守主義によって解決すべき問題を白、革新主義によって解決すべき問題を黒として、平面を染め上げます。

 私は現実に則して、この平面を染め上げた時、マクロ視点では灰色に見え、そしてミクロ視点では、黒と白の区分けが見えるでしょう。その黒と白を精査してこそ、問題解決が出来るのです。

 現実に則したと述べたわけですから、現実の例を出して色付してみましょう。例えば、コンピュータ技術の進化は黒、天皇制は白、工場のライン化は黒、町工場の旋盤技術は白、レトルト食品は黒、手作り弁当は白、DNA解析は黒、心理カウンセリングは白です。

 あなたがこの平面を染めた場合どうなるでしょうか。この平面は真っ白に染まると思います。真っ白に染まった場合、この世の全ての問題は保守主義によって解決すべき問題で、保守主義は万能であることになります。

 それが現実からどれだけ乖離した考えであるかわかりましたか。行き過ぎた技術主義や、革新主義、合理主義が現実から乖離していくのと同じことなのです。
 

正論6月号~「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか~佐伯啓思氏の論考を今日たまたま読みました。保守主義とは何か?進歩主義とは何か?が解りやすく書かれてあります。
さらにアメリカ的自由・民主主義、市場経済原理も元をただせば進歩主義である、喝破としています。
ご一読をお薦めします。

話は変わりますが、かつて「君は主義者か?」とか、「主義者の匂いがする」とか半分からかいを含め言われたれたことがありました。どう答えたか忘れましたが、でも悪い気分にはなりませんでした。
主義者はその主義に全存在をかけなければなりません。
オオヤマレンゲ氏は普段から保守主義を標榜し、それが思想の核であると仰せですね。その表現としての保守主義その1、その2は至言です。
論争をしかけて来るコメント主は、主義者ではないのです。自らが何者であるかを表明せず、理屈を並べ言葉遊びをしているだけです。

「紙上の空言、書生の誇る所、烈士の恥づる所なり」吉田松陰

江戸むらさきさん、あなたは私が何者であるかを表明していないと言いましたが、私はコメントで自分の思想を再三にわたり述べていますが、それで私が何者であるという証明にはなりませんか? それとも私が匿名と言う事で私が何者であるかを表明していないと言うのでしょうか?

 あなたは私が主義者ではなく主義者としての全存在をかけていないと言いますが、私は私の思想の核をオオヤマレンゲさんの思想の核に、全力でぶつけているつもりですよ。その点、オオヤマレンゲさんは私がした反論に答えることもしない。後半になるとその傾向が非常に強いですよね。挙句、屁理屈だとして議論を避ける愚者の行動をとる。あなたはどう思いましたか。

 
 名言を出すのは結構ですが、名言にその人の思想が全て正しく出るとは限りませんよ。なんせ、名言と言うのは思想の一部を切り取ったものに過ぎないからです。あなたが吉田松陰のその言葉を知っていると言うことは、吉田松陰に対し深い学識があり、思想を理解していると言うことですよね。それならば、そのままの言葉ではなく、あなたが思考し、それによって得た信念を元に、あなた自身の言葉で書いてくれるとより説得力が増すと思います。

 あなたに質問です。佐伯氏によるとアメリカ的自由・民主主義や市場経済原理は進歩主義ということですが、そこであなたは保守主義における政治手法、経済の仕組みをどのようなものだと考えますか。

初めから君の意見は破綻していたが、それでも少しはわかりやすいように相手をしてやった。

私は君をキチガイだと判別した。木の芽ドキはおかしいのが湧いてくるね。キチガイというのは自分の言っていることすらわかってないんだ。

なんかね、君の顔が想像できるような気がする。言葉と実態が乖離してるのに、屁理屈だけこね回すナメクジみたいな顔してるだろう。

友だちいるのか?? 誰も本気で君を相手にしてくれないだろう??

私に絡むのはやめてくれよ。ねちっこいよ。

 個人攻撃は大人としてどうなのだろうか。あなたは私より年上だろうが、私にはあなたが子供に見えるよ。

 あなたは根拠を大事にするようだが、所詮は自分に甘いと言うことですか。

 最後に一言、言わせてくれますか。

「バカモヤスミヤスミイエ」

はいはい。わかった、わかった。さいなら。

ところで、江戸むらさきさん、

主義者なのか??という質問は完全に主義者をバカされてるんですよ。喜ぶとは何事ぞ。

かく言う私も主義者をバカにしています。主義者というのは世間一般にはイデオロギーに染められたバカ者という意味です。私は主義者ではありませんよ。

>コメント主さんへ
何者かを表明しないとは、
「保守と革新両翼揃ってこそ意味がある」の一言です。そのような折衷案や、足して2で割るようなものは自らの立場を明らかにしていない証左です。保守、革新の二律相反するものを認めることは、矛盾です。

それから、全存在をぶつけているとのことでしたがそのようなものは、微塵も感じられません。もし革新主義、進歩主義、技術主義に価値を見い出だすのなら、そこに純化すべきだ。保守を認めつつ、保守人の言葉尻を追いかけ回す。男らしくありませんよ。

吉田松陰の引用は、まさにそのことを言い当てていたからです。

保守主義による政治手法、経済の仕組みについてですが、私は戦後体制脱却の一語につきると思います。
敗戦により、政治、経済はアメリカの従属下のままです。真の保守政治家による国会運営によってこれを実現し、独立国家としての矜持を回復したいと願い、行動しています。

このブログは保守の立場で、自らの経験を下地に素直な心情が綴られています。但し、共鳴する人もあれば、嫌悪を抱く人もあるでしょう。
批判は大いに結構ですが、そこには一定のマナーが必要です。最初から、揶揄する姿勢で入るのは失礼です。

論戦終了のようですが、後半は少し素顔を見せられましたね。縁があればどこかでお会いできるでしょう。

>オオヤマレンゲさんへ
「主義者か?」と聞かれたのは学生卒業後、飲み屋で知りあった、中年男でした。
いわゆる全共闘世代の人で、土建業を営む性格のカラッとした酒豪で、その飲み屋でよく一緒になりました。その人が学生運動をやっていたかは知りませんが、私の様子を察してそう聞いたのでしょう。

主義者。当時の私にとっては、響きの良い言葉でした。日常性に埋没せず孤高を貫く人物でいたいと思っていたからです。今から思えば純粋だった。
職場で繰り広げられる低俗な会話はどうしても馴染めなかったし、同僚は私の出身成分をうすうす知っていたので、深く関わろうともしませんでした。
仕事もデスクワークでつまらなく3年でスッパリと辞めました。
晴れて、主義者の生活が始まりました。以来、20数年間、主義者としてもがきながら生きて来ました。
でも最近は綺麗ごと保守などと呼ばれて、その片鱗も見えないでしょう。
そういえばこの前「○○さんはロックンローラーですね」とひと回りも違う知人に言われました。
もちろん私のことをよく知っている人ですが。
でも、かつて「主義者か?」と言われた時と同じような気になりました。

世間ではイデオロギーに染められたばか者とのことですが、それはそれでいいかと思います。

 江戸むらさきさんへ

 オオヤマレンゲさんとの論争は終わりましたが、あなたの返答には答えておきます。

 私のコメントを読んでくれれば矛盾しないことはわかると思いますが。二律背反は相反する命題を同じ問題に導入したときに起こるものです。私は問題によって保守主義、革新主義のどちらかを片方を選んで導入するというものです。これならば矛盾しないでしょう。事実、パソコンの筆文字ソフトが書いた筆文字と、筆と墨で書いた直筆の筆文字は両方存在しているでしょう。年賀状を書くときには両方使用できますが、場合によって選択できるでしょう。 

 揶揄する姿勢とあなたは言いましたが、それはオオヤマレンゲさんへ言ったほうがよろしいでしょう。私が最初にオオヤマレンゲさんに疑問を投げかけたとき、私に対し分裂症と述べました。そして論争の最後はキチガイ、ナメクジのような顔と述べました。それは揶揄ではないのでしょうか。

 確かに、オオヤマレンゲさんは運動家ですから、その限界を超えた議論を仕掛けたことは悪いと思います。思想を単純化し一つに絞らなければ、運動を盛り上げることは出来ませんからね。

 私が言いたいことは運動家としての視点のほかに、学者の視点、政治家の視点、官僚の視点があるということです。私は学者でも、政治家でも、官僚でもないただの大学生ですが、そういう視点があることは知っています。運動家の方々にもこの視点があるということを念頭において貰いたかったのです

 私が聞きたかった政治手法、経済の仕組みは戦後体制を脱却してどのような政治手法、経済の仕組みに変わるべきなのかという事ですよ。つまり保守主義的な政治運営、経済構築はどのように行われるべきかです。

 あと、私は男、女の前に議論人です。

 長々とすみません。

権兵衛さん、それは土台無理な話なんですよ。

いいヒントをいただきました。今まで俺は保守に近い中道だという人が結構多くて、「それってノンポリってことじゃん。」と密かに思っていたのですが、それを今度説明してみようと思います。

 私は権兵衛じゃないですよ。昨日、朝早くから付き合ってもらった名無しです。

 私は政治のことだけを考えてこの思考を持っている訳ではありませんからね。大学の専門も理系ですし。

>再びコメント主さんへ

~私は問題によって保守主義、革新主義のどちらかを片方を選んで導入するというものです~

という事は、両者を等分に見ていることです。ディベート大会の審判のようなものです。旗幟鮮明にしない。またはできない。それをノンポリシーと呼ぶのです。どちらかにのめり込むことを忌避しておられるのでしょうが、思想とは一点に向けて精神を集中して行くことだと思うのです。
あなたは学生とのことですが、自分の拠って立つ基盤を真剣に探すべきです。今それを模索中なのかも知れませんね。将来あなたが学者であれ、政治家であれ、官僚であれ、何になるであれ、確たる思想がなければ
大成できません。青年に求められるのは、不正義を峻拒する情熱と行動力です。議論人は結構ですが、他者の心に届く言葉を吐かねば、結局は理屈屋さんです。

揶揄の件ですが、あなたはその1、その2で途中から権平と名乗った人ではないのですか?
そうでなければ同一人物と勘違いしていました。
本稿のみのコメントであれば揶揄の件は、取り消してお詫びします。

保守の政治、経済論についてはここでは述べません。
次に機会があれば関連でコメントします。

最後にあなたの考察で~思想を単純化し一つに絞らなければ、運動を盛り上げることは出来ませんからね。
~は或る意味で的を得ています。
ご健闘を祈ります。

イデオロギーというのは観念の体系です。単位とは違うのです。体系ですから繋がりがあるわけです。

こいつは単位だと勘違いしてるからこういうことをいうのです。自分が破綻していることすらわからないバカなのです。

こいつは保守という言葉を使いながら、それを使い分けることができると自分を神のように思っています。保守を使い分けようとする完全な合理主義者です。合理にはまったバカともうしましょうか、そこまで体系化されていないので、要するにノンポリということです。

江戸むらさきさんへ

 私とオオヤマレンゲサンのディベートは革新主義対保守主義のディベートではありません。私の思想とオオヤマレンゲさんの保守思想のディベートです。このことから審判役に続く批判は当たりません。

 私は生粋の革新主義者でないことはコメントを読めばわかるでしょう。それにも関わらず、オオヤマレンゲさんは私に対し、生粋の革新主義者に対する反論しかしていません。それでは生粋の革新主義者ではない私に対する効果的な反論ができないのは当然ではないでしょうか。

 その2では私とオオヤマレンゲさんと江戸むらさき酸しかコメントしていないはずですが。その2でのこれまでの名無しコメントは全て私ですよ。私はその2意外でコメントしていません。

 革新主義と保守主義が、両立することが歴史上必然であることを、時間の経過を考えに入れて述べてみます。

 私は時間を遡れば全ては進歩、その進歩が長い時を経た時、伝統になるのだと考えます。

 なぜそう言えるのかを説明します。大陸から渡ってきた稲作という進歩は、現在では日本の伝統になっています。日本の戦前の議会主義もヨーロッパからの導入で進歩的でした。今となっては、その政治手法も江戸むらさきさんによると保守的です。日本人が発明したカップヌードルという進歩も現在では日本が世界に誇るべき伝統でしょう。

 前述より、進歩の発生と伝統への成熟は歴史的に繰り返されてきた必然です。これは、いつの時代も進歩と伝統が両方存在してきた証明ではないでしょうか。

 私たちが今すべきことは、将来の展望を望んで、価値ある進歩を産む事と価値ある伝統を守ることではないのでしょうか?

 保守主義が重要視する伝統の始点を考えてみましょう。伝統の始点は伝統では無いはずです。伝統の始点が伝統であるとしてしまうと、生まれたばかりの伝統を肯定しなければなりません。それは矛盾でしょう。伝統とは時間経過による蓄積に価値が生まれたものではないでしょうか、時間の経過により堅実になっていったものではないのでしょうか。

 
 別に保守主義と革新主義を使い分けるべきなのは私だけではありませんよ、政治家、学者等私より力の強いものがより使い分けるべきでしょう。私は自分のことを神などと思っていませんよ。自分を神だと言って良いのはラプラスの魔だけです。私はラプラスの魔を前提とする設計主義を否定しています。

 追記
 
 江戸むらさきさんへ
 
 私は、エネルギーシステムの研究を将来的に目指しています。エネルギーシステムは合理が支配します。私はそこでは、伝統を主張したりしません。ひたすら合理を追求するでしょう。ひとつの思想をもって研究しますよ。

ホントバカですな。あなたは骨の随まで進歩主義に侵されています。進歩主義は近代主義の最たるものです。あなたは保守でもなんでもないよ。両立などしていない。

くどいよ、もう。同じ話ばかりしやがって。で、あなたの言葉は辞書と意味が違うそうだから、お話にならないよ。勝手な思い込みの言葉を使う奴とは議論する気もないんだよ。

オマエ、バカモヤスミヤスミイエと言って出て行ったんじゃないのか? 

私は江戸むらさきさんに対して返答を行った次第です。オオヤマレンゲさんとの論争は、あなたが私に対してキチガイ発言をした時点ですでに終わっていますよ。

 辞書とは意味が違うと言ったのは合理主義に限定した話ですよね。私の合理主義関しては、既にコメントで説明してありますから、一般に言われている合理主義とは意味が異なり、辞書に載る範囲以上のことであるのは理解いただけると思います。思想に関して、人それぞれの考えがあるのは当然です。それが全て辞書に載っていると考えるのはおかしいでしょう。

 また、合理主義意外の言葉に対してまで、辞書とは違う意味であるとは発言していません。

 議論に支障は無いと考えます。

 江戸むらさきさんとの論争も既に終わりましたので、さよならさせていただきます。

 ああ、別に、別れの言葉は要りませんよ。

>再々コメント主さんへ

餞の言葉です。
理系専攻と聞いて、思いついたので。
20世紀は科学が大きな力を持った時代でした。そこから、人間の欲望は理性を奪い、自然をも支配しようする傲慢な人間社会を生み出しました。科学万能主義による生命倫理の崩壊などは、その最たるものです。
神をも畏れぬ人間の傲慢。今、生きている人間がこの社会を、国を、世界を支配し運営できるとの、思い上がりこそを合理主義、革新主義、進歩主義、技術主義と言うのです。

名言を引用します。
「私は真理の大海を前にして浜辺で貝を拾って遊んでいる子供のようなもの、私の前には無限の大海が広がっている」アイザック・ニュートン

私たちの目に見えている世界はほんの一部であり、実は目に見えない世界は無限大に広いのです。この目に見えないものに畏敬の念を抱きながら、生きて行こうではありませんか。保守とはこういう心情でありたいと思います。 さようなら。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1174965/34884686

この記事へのトラックバック一覧です: 保守主義その2……未来は合理的予測の範囲を超えるものであり、人間は間違うことも往々にしてあると考えるのが保守主義:

« 保守主義その1……保守主義の反対語は設計主義というのがわかりやすい | トップページ | 保守主義その3……保守思想は過去の膨大な数の人間の生、生きている人間の生を肯定し意味を宿らせる思想である。 »