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2010年3月

2010年3月30日 (火)

大東仁へ抗議の動画

遅くなりました。恥ずかしいけどアップさせていただきます。

うちの代表、いい感じになってきたでしょ。だんだん水位が上がってきてますよ。あははヽ(´▽`)/ これで親米保守でなきゃ満点ですがねぇ。。親米保守がちょっとねぇ。。でも大好きです。

2010年3月29日 (月)

オマエら愚民なんじゃ! えーですねぇw

3/14のデモのあとのほろ酔い気分での思いつき街宣。

当日はよく聞いていませんでしたが、ビデオを見てみますと、「愚民!愚民!」の連発、スカッと致します。
私は「アンチ愚民>アンチ左翼」ですので、よく人を愚民呼ばわりして叱られますが。。。(すぐ居直りますのでご心配なく)

左翼が日本を滅ぼすのではありません。どこへ行っても1割ぐらいはおかしな人はいるものです。

ほんと、愚民が日本を滅ぼすのです。

カットしてありますが、この後ヤクザ屋さんが来ましたw

2010年3月28日 (日)

円光寺に行って来た

今日、反日坊主が住職の円光寺まで行って来た。

告知なしで行ったが、本人はおらず、年老いたお父さんが「私は何も知りません。」と言うばかりだった。大東は明日帰ってくるそうだ。

その後、近所をぐるぐる流し街宣をした。

近所はやたらと公明党、共産党のポスターが貼ってある家が多かった。

なぜだろう。気味の悪い街だった。

大東がこの地域を左翼の街に変えたんだろうか。

2010年3月26日 (金)

最近の若いもんは小さくなったなぁ。

最近の若いもんは小さくなったなぁ。。器量が小さくなった。

車を運転していても、とろとろ走るのは昔はオバちゃんと決まっていたが、今は追い越し際、顔を見ると若い男だということも普通だ。

また、隣で飲んでいる5、6人の若い男の集団もタバコを吸っているのは一人二人で、灰皿を見ても1、2本。どいつもこいつも健康健康とうるさいや。大酒飲む奴もいないし、ちらりと会話を耳にはさんでもつまらん女みたいな話ばかり。

昨日も書いたがマナーやなんだと、小学生のホームルームみたいなこと自慢げに言いやがって、小さい枠の中に納まる良い子ちゃんばかりだ。

なんにも背負おうとしない役立たずのくせに、良い子ちゃんの言論を繰り返し、背に荷物を背負っている者に、ここが足りんの、あそこがダメだのと愚民丸出し。良い子ちゃん目線で安っぽい性善説じみたこと言いやがって。うるさいや。

そういう者を指して、マンデビルは「ブンブン不平をならす正直ぶった蜂の群れ」と言った。うまこと言うなぁ。こういう蜂たちがやっていることは、安っぽいマナーや道徳を振りかざした「大衆による大衆でない者への集団リンチ」だ。

昨日、誰が書いたか知らないが、主権回復の掲示板にシビレることが書いてあった。


【19.主権支援者 投稿日:2010/03/25 15:44
>>18
>一般市民に理解を得られるような 運動をしないと

ここで言う「理解」とは何ぞや。坊主か聖書の説教のようで意味が分からん。

誰も出来ない、やれない、やらない時に先頭に立って抗議行動する人を責めてはいけない。最初の着手はは必ず失敗、やり過ぎが付きまとう。先達は成功失敗を重ねて業績を残していくのである。

己は何もしない安全地帯に身を置き、失敗を為した人を高見からただ評論する人間、この種の手合いは何処の会社にもいる最も手に負えない厄介者である。

敵対者ならいざ知らず同士であれば、失敗、やり過ぎは自らの行為として今後の糧にすべきである。】

シビレましたと、コメントしておいた。


ところで、今日は学校行ったみたいだが、うちの高2の子どもが学校にもう3ヶ月くらいかな、行かなくなった。
「オマエ、また休んだのか? なら、家の手伝いしてよ。」と言うと、「ああ、いいよ。」と言って、喜んで手伝う。そして母も子も平然としている。わはは。どうやら息子は読書に集中しているようだ。

そんなもん私は勉強ごときのことでキーキー言わない。勉強ぐらいのことはサッサとすませて、受験でもなんでもすればいい。本当に優秀な奴なら、セコセコ勉強しなくても、いい大学くらい入れるんだよ。そういう奴こそ国費を使う価値がある。

ドロップアウトしたらしたで良し。ドロップアウトするくらいでなきゃ。しかし、ドロップアウトの仕方にもよるわなぁ。

男が若いうちから枠の中に納まって、良い子ちゃんしてるんじゃないよ。気持ち悪いよ。40位になったら、ロクな顔になっていないぜ。

2010年3月25日 (木)

精神年齢12才の道徳観とマナー観

ネット右翼の日記なんかを眺めていると、すぐにマナーだとかいう言葉が出てくる。

で、彼らのマナーという言葉が何を指しているのかというと、せいぜいがタバコのポイ捨てだの、電車で席を譲らないだの、ゴミをポイ捨てするだのといったものにとどまる。

で、そんなことを指摘した上で、何をいうのかと思っていると、

【まず、決まり事や倫理・節度を守れない、自分を抑える事が 出来ない奴は「保守」や「右派」「愛国心」を標榜するな。 本当に日本を愛しているのなら、ルールを守り、節度をもって 生き、ゴミの分別もしっかりと行え。 】

てな調子で書いてあるんだ。。。間違いじゃないが、書いた人の精神年齢を疑ってしまう。

「タバコのポイ捨てはダメですぅー」
「感情丸出しの言葉は下品ですぅー」
「自殺は絶対ダメですぅー」
「ケンカをする人はダメですぅー」

いい大人が気持ちわるいよ、もう(-ε-) 全否定はしないが、こんなヒューマニズムに毛の生えたような偽善や欺瞞を言っている時点で君こそが戦後民主主義サヨクなんだよ。小学校のホームルームじゃあるまいて。こんな自称保守に日本が変えれるはずがない。ぬるま湯がお似合いだ。


マナーは「手に付くもの」であり、「方法、作法、態度、風習」を指す。要するにマナーは言葉や行動の様式であるということ。モラルは「道徳」
このリンクにいい事が書いてあります。マナーやモラルの語源です。(脱線するがそのうちにこのページにあるvirtueのことについても書いてみたいと思っている。)

師匠は道徳について670ページもの本を書いておられるので簡単にまとめるのは失礼な話だが、あえてまとめると
【道徳とは「これが道徳です」というふうに具体的に指し示されるものではなく、幾重もの言葉の循環の中に、それが循環なのだと承知した上でそしてそこでの長きに渡る思索と議論の試行錯誤の中から、析出されてくる「理解」のようなものなのであろう。・・・・・・・・・・・・・・その循環に耐えるのは苦痛であろうが、その苦痛は人間だけに与えられた輝かしい特権である。と、考えれば、それを快楽に転じさせることも可能となる。つまり、思索にせよ議論にせよ道徳についての言論活動それ自体が、平衡を目指す終わりなき道徳の実践であり、それに終止符を打ってくれるのは人間の有限性そのものでしかないのである.】

ということである。

要は日本人て、上の人のような程度の道徳観しかなくなってしまったんだ。そういう奴って文章見てわかる。いや、顔見てわかる。ウザ(;-ω-)ノ 偽善や欺瞞はもうこりごり。

2010年3月22日 (月)

和の精神もいいけどね。。

日本人は和を重んじる民族である。

日本は森林と岩清水の文化であり、食べ物が豊富にあったので、和が可能だった。

西尾カンジが昔こんなこと書いてったっけ。

【約1万年前ごろに最後の氷河期が終わって,氷が解け,海水面が上昇して,日本の地形は今と同じ海上の列島となった。日本海には暖流が流れ込んで,列島は温帯の 落葉広葉樹林(ナラ・ブナなど)におおわれた。ことに東日本は,豊かな木の実や山芋などのほかに,サケ,マスなどの川魚にも恵まれていた。カツオ,マダイ,スズキといった海の幸。イノシシ,シカ,マガモ,キジといった山の幸。それに豊富な貝類。このように比較的,食料に恵まれていたので,日本列島の住人は,すぐには大規模な農耕を開始する必要がなかった。】

1400年前に聖徳太子が十七条の憲法に「和をもって貴しとなす」と、記述したのであるから、それより遥か前から和を貴しとした民族なのだろう。

大陸の農耕,牧畜に支えられた四大文明はいずれも,砂漠と大河の地域に発展した。法という概念、特に戦争法などは、メイドイン砂漠文化のものだ。外国は食べ物がなかったんだにゃー。


こんなにありがたい「和」であるが、和ばかり追求して物事の道理や善悪を見失えば、付和雷同となる。

仲間で、mixiは気持ち悪いと言う人がいるが、私もその気持ちはわかる。
以前、親しいマイミクが、アホなことを言っていたので、遊びがてら反論した。反論が反論を呼び、反論大会になった。私はそれを楽しんでいたが、ある人からこう言われた。

「あなたのこと、『あの人、どういう人ですか?』と聞かれるよ。マイミクには反論しない方がいいよ。仲良くしなきゃ。反論は嫌われるよ。」

議論すらもいけないと言う。私はそこいらの女人と違って、意見が違うだけで怒ってしまうような狭量な女じゃねーわ!と言ってはみたが、どうも違うらしい。。。意見が違うことを恐れるらしい。私は反論が来ると(来ないけど!)張り切っちゃうんだけどね。

だからmxiは付和雷同と傷の舐め合いみたいなところがある。それでmixiは見る人が見れば「気持ち悪い」ということになる。

それから、何度も言って悪いが、私が誰かと諍いを起こすと(注釈:私から起こすのじゃありませんけど!(# ̄З ̄))、必ずと言っていいほど、諍いを起こしたこと自体に嫌悪感を示す人と、仲良くしてくださいよと言う人が、わんさと湧いてくる。

どちらも根は同じなのだが、これがまた曲者だ。私は理由もなしに諍いを起こしているわけじゃない。
ケンカが好きなわけじゃない。ケンカの種がなくなれば、いつまでもグチグチいう女でもない。

ケンカがダメというのは、戦争がダメと言っているのと同じことで、こんなこと言うのはサヨクじゃないかと疑りたくなる。仲良くするのが至高の価値であるなら、オマエさんたち、なんで朝鮮人や反日極左にケンカ売ってるんだと言いたくなる。貶められようが名誉が汚されようが朝鮮人ともっと仲良くすればいいじゃないか。

和ばかり追求して、物事の道理や善悪などどうでもいいというなら、この運動すら私にとって無意味になる。当たり前じゃん。


何が言いたいのかと言うと、和ばかり追求すれば付和雷同に陥り、物事の道理や善悪や真偽ばかり追求してもギスギスする。通りすがりの人と少し喋るだけなら和を重んじればいいが、私たちは反日野郎の道理を外れた行いに怒り、運動しているわけだから、和ばかり重んじていられない。寛容にも限界があるわけだ。

つまり、和も大事だし、道理や物事の善悪を追求することも大事。両者は時処位に応じて、ちょうど良いバランスをとらねばならない。

ネットを見ていると、朝鮮人や反日極左には思いっきり暴言吐いて一歩も受け入れることがない人間が、仲間には媚びへつらう。同じ人間とは思えないダブルスタンダードだ。これは思考停止すぎて論外。

和の精神を持ちつつ物事の道理などを通すには、どうすればいいのか。やはり知恵のある言葉づかいだと思う。経済も政治もしょせんは言葉の上に組み立てられている。

上品ぶってきれいな言葉を使うとかいうことでなく、たとえば、反撃に打って出る場合でも、ユーモアのある表現を駆使しようとするような知恵のことだ。

ここらへんが私もまだまだ幼稚園児みたいなところがあるので、うまく行かなかったりするんだ。

これを学ぶには、厚みのあるまともな人間と付き合うことだ。だって言葉なんてシチュエーションの中で輝くものだからだ。

今のジジババの大半は自分の健康や金のことばかり気にして、みっともないことこの上ないが、幸い私の周りには、真似すべきジジババがたくさんいてくれる。この真似すべきジジババは上品だがしゃっちょこばって面白味がないというようなところもなく、若い人よりもフレキシブルで、時々下品ギリギリのところまで行くが下品には至らない。ある話から飛んでいきなり学術的にもなったりする。第一、話していてとても楽しい。この方たちにこれからも知恵を学ばせてもらおうと思っている。

2010年3月21日 (日)

大東とは縁がありそうです

今日またありえないことが起こりました。

抗議の後、花のセットをして、他所へ打ち合わせに行った後、砂肝が食べたくなり知り合いをさそって焼き鳥屋へ。

そろそろお腹いっぱいになった頃、、、

どこかで見た顔が。。。。

な、なんと大東さとしが、本願寺の仲間と一緒に入ってきた。

思わず、手を振り「大東さぁ~ん」と言いました。

そして大東の顔が引きつる。朝鮮人も引きつる。。。

引きつった顔で「今は2次会なので酔ってるんですよ。」と、大東は言い、すぐトイレに逃げ込みました。

帰り際に、「大東さんとは余程縁がありそうですね。今度は円光寺に伺います。」と大東の仲間に言うと、「お手柔らかにお願いします。」と返されま した。


ところで、

今日、抗議の際、9条の会とか朝鮮人がウヨウヨいると言いましたら、証拠はあるのかと、受付の人が噛み付いてきました。

ひとしきり言いあった後、名前を聞くと、金なんとかと言いました。

なんだ朝鮮人じゃん。君こそが、証拠なんだよ。。困ったもんだ。

2010年3月19日 (金)

すみません。3/21変更です 山尾議員抗議ではありません

真宗大谷派の大東仁は、南京大虐殺記念館に日本側の資料を寄贈している人物です。

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中国の捏造プロパガンダに日本人として加担し、英霊を吊るし上げるこのクソ坊主は誠に許しがたい。

このクソ坊主に抗議の声をあげることにしました。

ぜひお集まり下さい。


【シナの捏造プロパガンダに加担する大悪党、大東仁に抗議するぞ!!】

 時 平成22年3月21日(日)13:00より
 所 真宗大谷派名古屋別院前(地下鉄「東別院」駅下車→4番出口より上がって、西へ徒歩3分)


2010年3月18日 (木)

ここで会ったが3年目

本日、真宗大谷派主催の平和展「弾圧ー支配される人々」の下見に行ってきました。

展示物自体は資料中心で抗議できるようなモノはなかったわけですが、会館に入ってすぐ「あっ!」という小さな声をあげてしまいました。

見つけたのです!!!前から私が探していた人物が。我々のお祖父さんを貶めるリンチされてしかるべき国賊、一宮円光寺の住職。中国の捏造プロパガンダに加担し、南京屠殺記念館に日本側の資料を送り続ける人物。3年前テレビで見て以来、このふてぶてしい顔は忘れない。

参考1
参考2
参考3

見よ!この汚らわしくふてぶてしいブサイク面を!クリックすると拡大します。
Photo_5
一応人の顔晒して自分は晒さないのもなんなので、私もモザイクかけないでおきます。

すぐに彼を呼び止め、話しかけました。
「あのー、テレビに出てた方ですよね。一緒に写真とってもらえませんか?」
「あー、テレビはたまに出てますね。」と言いながら彼は満面の笑みを浮かべた。

「南京屠殺記念館に資料を送ってる方ですよね? 」
「そうですよ。」
「で、あなたは南京大虐殺はあったと思ってるんですか?」
「ありましたよ。」
「中国人でも南京大虐殺、あんなのないない!と言ってますよ。」
「そういう方もいらっしゃいますね。」

「お名前なんとおっしゃるんですか?名刺いただけます?」と聞き名刺をもらった。
「私、一度あなたに抗議したいと思ってたんですよ。」と言うと、彼の満面の笑みにくもりが出て来た。

「それでね、あなた講演会の講師ってされます? 我々の講演会に出ていただけませんか? 南京大虐殺があった派となかった派で討論会したいんですよ。いいですか?」と言うと、彼は逃げ腰になった。
「日にちが合えばいいですよ。しかし、僕は僧侶をしてますから、土日祝はダメです。」
「平日ならいいですか?」
「平日も葬式が入るといけません。葬式が入るかどうかは2日前にならないとわかりません。」


他のオジさんも話しかけて来た。
「なんで共産党のチラシばかりあるんだ?」と言っていると、
「共産党じゃない。君は展示物をちゃんと呼んだのか?」と言って来た。
「こんなものは読むわけないし、読む価値もない。」と言ったら、
「アカのものだから読む気がせんということか? 君はきれいな顔して心はまだまだだなあ。そんなことではいかん。」と言って来ました。

若いとか、きれいとか誉められちゃったので、ここで終了。今度はハンドマイク持って行きますわ。

それで、皆さまにはまことに申しわけありませんが、今度の日曜日、山尾しおり事務所は変更して、この大悪党に抗議しに行きます。


「シナの捏造プロパガンダに加担する大悪党、大東仁に抗議するぞ!!」

 時 平成22年3月21日(日)13:00より
 所 真宗大谷派名古屋別院前(地下鉄「東別院」駅下車→4番出口より上がって、西へ徒歩3分)

弁士の方は参考にしてください。周知活動ではなく、抗議ですので、抗議っぽくお願いします。

2010年3月16日 (火)

まずい!!! 師匠にバレてる!!!!

今日は師匠が名古屋にいらっしゃる日です。(v^ー゜)ヤッタ!!

師匠の言葉は、ユーモアたっぷりで柔軟ですが、深く、そして核心を突いています。時々ドキッとすることも言われます。

前回カラオケでこんなことを言われました。師匠はサヨクな歌を禁止にされてますので、何を歌おうかと思い、履歴を見ました。それで「喝采」ならいいだろうと思い、「喝采」を入れました。

それを見て師匠が

「あぁ、そういえばあなた、こんなところあるよね。」

「は???」

「だからこの歌みたいなところあるよね。男を捨てるようなところあるよ。」すかさず「捨てなければいけないような男にしか巡り会ってない不幸もまたあるよねえ。。」

「え???(@Д@;」

ドキリ∑(゚∇゚|||)としました。ここで、私はどう切りかえそうか、少し迷いました。このジジイはごまかしのきかない人だということを自分の中で再確認し、

「なんでわかるんですかぁ???一瞬ドキッとしましたよ!」と言いました。「あの〜、そんなこと顔に描いてあります??やだなぁ。。。ちょっと顔つきに自信がなくなってきました。。」

「70を超えればわかることもあるんですよ。」と師匠は言いました。


その後歌った「喝采」はボロボロでした。ドキリという感覚が冷めず最悪でした。してやられました。今日は仕返しをしたいと思います。。。。だけど師匠にはかなわんだろうな。。(A;´・ω・)アセアセ

2010年3月15日 (月)

朝日で毎日連載するそうです

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またまたN君がやってくれました。「抗議するならしてください。」ということですが、なんにもありませんよ。書いてくれるだけで嬉しいです。

N君は名前を出して記事を書いている。ネットの書き込みと違って名前を出して書くということは、それ相応の責任意識があるはずです。我々の仲間がN君に罵声を浴びせるらしいですが、勘違い野郎の罵声にもめげず、東京だ大阪だ名古屋だ京都だと飛び回って、真面目に取材されてました。

我々の活動が人の目にどう映るか、我々の活動を実際に見てどう評価されるか。それは感じた人の自由であり、それすら拘束しようだなんて、どんなファシストだ!?

真面目に取材した結果、嘘や捏造でもないのなら抗議することはありますまい。ノープロブレムです。てゆうかありがたい。

もっともっとも〜っと我々に興味を持ってください。よろしくお願いします。

気に入らないなら、あんたがやればいーじゃんか

昨日の反民主党デモは、主催者の気合いが現れたのか、はてまた東京からの弁士がいなかったためか、(反省会いたします(;´д`)トホホ…)前回の半数に満たない少ない人数でしたが、チーム関西の助けで活気あるデモとなりました。

まもなく動画が出来ますので詳細はそちらをご覧下さい。

デモが終わって、来てくれた人に挨拶をしていると、
「あのアクシデントは過激すぎていけませんよ。あんなことをやると他の人は引きますよ。」と言って来た人が何人かいました。

このような苦言は過去に何度もいろんな人から数えきれないくらいあります。少し前にも名古屋の丹羽というバカヤロウが、「日本が嫌いな朝鮮人は日本から出て行け。」というフレーズについて西村修平殿にメールで訓示をたれていたらしい。

人のやり方に文句があるなら、人に訓示たれる前に自分でサッサとやればいいだけの事です。丹羽とやらのやり方が良いということであれば、皆が真似をするに違いない。簡単なことです。

私にはどうしてもわからん(;-ω-)ノ(;-ω-)ノ(;-ω-)ノ

昨日今日デモに参加した人が「このやり方はいけない。」と訓示をたれるのはどういうことだ!? いけないと結論がでたなら、サッサと自分で会を立ち上げるか、自分に合った会を探すかするだけのことなのに? 世論の会に行けば満足できるかも?

為政者には立派に文句を垂れるのに、自分のことは棚の上に上がってしまっている。そういう人を指して愚民、大衆という言葉があります。どこかのテレビの解説者と同じです。えらそうに言いたいことを言って、この解説者が日本の経済なり政治なりをどうにかできるというのでしょうか? 自分の身体が置き去りの正義なんぞ聞く価値もない。

「気に入らないなら、あんたがやればいーじゃんか。」というのは私の口癖になってきました。

私に近い人間に「名古屋はダメだ。だから私は名古屋の運動には出ない。」と言われたこともあります。名古屋に住んでいる人間が、名古屋の運動がダメと思うなら、なぜ我こそが名古屋の運動をなんとかしてやろうと思わないのか? 嫌味なだけで挑戦状にすらなっていない。遠足気分で東京などの運動に出てなんの価値があるというのでしょうかね。

要するに血と汗を流そうとは思っていない。自分で動こうとは思っていない。いち参加者として満足できるかどうかだけ。


もう一度「大衆」についてオルテガさんの言葉を書きましょう。どれだけピッタリ当てはまるかよく読んで欲しい。

「大衆は、前もって意見を作り上げる努力をしないで、その問題について意見を持つ権利があると思っている。」

「選ばれた人間とは、他人よりも自分が優れていると考える厚顔な人間ではなく、自分では達成できなくとも、他人より多くの、しかも高度の要求を自分に課す人間であることを、知っていながら知らないフリをしている人々のことである。」

「大衆の間にはありとあらゆる優れたものにたいする低俗な恨みがあり、彼らは優れた人物たちに対して、一切の提供と社会的献身を拒否したあとで、”人物はいない”という」

「大衆は、その密度とおびただしい数をみれば、とても考えられないことだが、大衆でないものとの共存を望んでいないのだ。大衆でないものを徹底的に憎んでいる」


2010年3月12日 (金)

明後日は反民主党デモへ

14日は天気もいいようです。関西からもスターが10名ほどお越しいただけるようです。新風の谷口候補も来てくれます。

朝日は知りませんが読売の記者も来てくれます。皆で反民主党をアピールしましょう。

明後日は1時にナナちゃん前へお集まり下さい。よろしくです。


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そういえばワタクシ、切腹がどんだけ痛いか知っています

実はワタクシ、切腹したことがあるんです。

帝王切開のときのこと。

(素人ですから多分ですけど)友人などは背中に麻酔をうつ硬膜外麻酔という麻酔で、静脈から打つ全身麻酔と併用していると思いますけど、術中は下半身は麻酔がかかった状態で、頭はぼんやりしている程度だったようです。術後もほとんど痛くなかったとか。

麻酔というのは手術が終わったら確実に作用が切れる必要があり、この背中に打つ麻酔というのは、下半身麻酔だし、術後の鎮痛にもなり、なにかと利点も多い麻酔らしいのですが、脊椎に針をさす技術が難しいらしい。

もちろん自分の手術のときにはそんな知識もなく、「ええい!こうなったらなんでもしてくれい!」とまな板の上の鯉という調子で手術台の上に乗りました。

私の場合はと言えば、小さな病院だったせいか、静脈から打つ全身麻酔のみでした。手術が終わると、意識を確かめるために叩き起こされるのですが、叩き起こされてからは、少しだけ意識があります。

ところが、切った腹が痛いのなんの(ノ_≦。) 手術は痛くないと聞いていたが、術後のことは聞いていなかった!!!

朦朧としながらも、手はぐっっぅとコブシを握り、足のつま先から頭の先まで、痛みに耐えるため全身に力を入れていました。1日ぐらい経ってからですかね。全身に並々ならぬ力を入れていたため、全身が筋肉痛であることに気付いたのは。。。

切腹は痛い。。ちょー痛いですよ、きっと。

私のは切るとき麻酔かかかってましたからね。みっともない切腹です。

2010年3月11日 (木)

オマエの守りたいものは何なのだ?

左翼が日本を貶すのに対をなして、我々の仲間は「日本は素晴らしい」という。左翼は自虐史観、我々の仲間は自尊史観と対なのだ。左翼も保守派も似たり寄ったりの偏った方々ということになる。

日本が好きだというのは「愛国」で、日本は素晴らしいというのが「国粋主義」だ。

普段、左翼が日本を貶しまくっているので、そのアンチテーゼとして、保守派が自国を「素晴らしい素晴らしい、ああ素晴らしい。」と声を大にして言いたくなる気持ちはわからぬでもないが、それはアンチ左翼としての振る舞いに過ぎない。それを保守とは言わない。


以前、ある保守系団体の講演会に参加したとき、講師の方が(もちろん保守系の聴衆だということを意識してリップサービスもアリアリという感じで)
『日本は素晴らしい国なんです!』『鳩山はバカなんです!』というような内容の話をするたびに、会場からものすごい拍手が沸き起こり、ショーモナイなぁと帰ってきたことがあった。

自分らの選んだ代表をバカにして喜んでいるくせに、自分自身をを素晴らしいと誉め讃えて千ズリ掻いて喜んじゃってる!!たいしたことないなぁ。。

その人たちをキレイ事保守という気はいまさらないが、どうも「日本は素晴らしい」と言う国粋主義の方々には倒錯があると思う。「日本が素晴らしい」ということは「自分も素晴らしい」ということであり、だがしかし我らの代表は素晴らしくない。現状の日本も素晴らしくない。自分だけが素晴らしい、という一段高いガラス板の上に登ってしまって、違う世界の方になってしまっている。

だから現実味もない。。。頭の中だけの出来事。。もうそろそろ日本も我々自身も素晴らしくないどころか世界で一番みっともない国になってしまっているんだということに気付かれたらどうだろう。現実味のないことばかり言って来たから左翼に負けたんじゃないのか。

現実味のないガラス板の上に登っちゃって、自尊が行き過ぎ、しかも倒錯しているから現実は本当は自分に自信がないのの裏返しだから他を邪魔しまくるのだ。それをよーめんさんは「きれい事保守」と呼んでいる。うまいな。

その点我々の活動の中心にいる人たちは日本人がだらし無い民族に成り下がってしまったことを認めて、奮起し、神から選ばれた選良たらんとして頑張っている。

ネット右翼の中には暇を持て余し朝鮮人やシナ人叩きで千ズリ掻いて喜んでいる人も多い。千ズリ自体は恥ずかしいが、人間だから精神的にも、肉体的にも、マスターベーションにふける事があるのもシャーナイ! 世の中には、一日の時間が長くて、暇つぶしに必死のお方もいる。ネットだけで千ズリ掻くのも、満更悪くない?ときたもんだ。隠れてやるなら千ズリも批判できることじゃない。私事は私事、公事は公事。

もう1つ。保守派とよばれる人は簡単に「保守とは伝統を守ることだ。日本の伝統は素晴らしい」と言う。では、伝統とは何ですかと問うと明確な答えはない。

伝統とは伝統工芸とか伝統芸能とか、もちろん形として現れるものは精神を現しているのは事実であるが、そんなものではない。そんなものだったら今もなお健在である。

伝統とはなにか。英語でいえばトラディッション、それは「運ばれしもの」の意味で、小林秀雄は「生き方」といい、三島由紀夫は「精神の形」といい、西村修平は「大和魂」と言ったヽ(*≧ε≦*)

それを言わなきゃ伝統もクソもないんだよ。左翼だけでなく保守も腐ってる。保守と呼ばれる人たちよ、オマエの守りたいものは何なのだ!? 自分か、公か、何なのだ!? 

保守派自体が伝統精神をもっと勉強して知行合一に少しでも近付くように努力しないと、日本はマジでみっともない。公共の場での千ズリはやめましょう。

参考

ウィキにもいい事が書いてあるなと思ったことがあります。

文化とは振る舞いのことだと書いてあります。伝統とは慣習などの精神的立場だと書いてあります。 そして歴史とは伝統を運ぶ運搬具のことです。

文化(ぶんか、culture)にはいくつかの定義が存在するが、総じていうと人間が社会の成員として獲得する振る舞いの複合された総体のことである。

伝統(でんとう、英: tradition)とは人間の行動、発言、思考及び慣習に見出される歴史的存在感を総称していう。 または、人間の生存・生活の中に長い歴史を通して表される種々の慣習や形式、価値観を総体的に指し、狭義には、個々の集団が個別に有する慣習、形式、価値観を指す。 伝統は、また、それまでの歴史の中で形成されて来た種々の形態の中から、特に重んじて次世代に継承すべきものに対する精神的な立場を指す。


2010年3月 9日 (火)

ただ今卒業式に出席してきました

昨日、子どもに「あんた卒業式いつ?」と聞いたら「明日」と言われ、慌てて本日卒業式に出席してきたのですが、またまたバカ親がたくさんいました。

幼稚園、小学校の時よりはまだましでしたが、ビデオカメラを持ってイスの上に立ち、校長先生がお話ししようが、来賓の方がお話ししようがお構いなしで、ビデオに熱中しているのまでいました。半分くらいの親は席に座る事なくビデオカメラを回していました。

私は昔、塾の講師をしていた時にバカ親をいっぱい見て来たので、バカ親だけにはなるまいと心に誓い、反吐が出るほど嫌いなバカ親とは一切の付き合いを拒否しています。

ブサイクな我が子をことあるごとに必死にカメラにおさめ、何が価値があると思っているのでしょうか。セレモニーに出席しているという意識は全く無く、セレモニーの真っ最中もペチャクチャおしゃべり。子どもの方が余程立派です。

このバカ親たちには、脳裏に焼き付け記憶に残すという事はないのでしょうか。セレモニーが終わってから、出来の悪い我が子をいくらでもビデオにおさめればよいのに、時処位を考えることもなく、何でもモノの中に納めようとする。

私にはめずらしいことですが、以前ある親にお茶に誘われ出かけて行った時に、上の学年の卒業式のことが話題になりました。

「中学校の卒業式で、お母さんたちが思い出になるからということで、体育館を風船で埋め尽くし、体育館の壁には寄せ書きをたくさん貼付けるという提案をしたのに、学校に申し出たら先生に断られたらしいのよ。ひどくない??」と言われたので、

「私は先生に同情するわ。そんなアホなこと誰が考えたの。卒業式はセレモニーなんだから、バカ親たちがやりたいなら、卒業式とは別に企画すればすむ事じゃん。先生も大変だあ。。」と言ったら

「は??」と言ったままその話は終わりました。それから私は誘われない。あはは。

我が子をカメラにおさめるというという私的な満足のために、公の事柄は一切無視されているのが今の日本です。

小学校の時の授業参観も酷かったです。下の子を連れたお母さんがペチャクチャお喋りしながらビデオを回し、下の子が大騒ぎで泣いてもお構いなし。時々お菓子を与え、おとなしくしていてねと小さな子どもに懇願する。体裁だけ整えようとしているのがマルわかり。

お菓子を方々に落とし、生徒の机を徘徊しながら、またわがままに泣く。そうすると母親はまた別のお菓子を渡す。先生も狼狽していたが、注意はしない。私が怒鳴ったろかと何度思ったことか。小さな子ども連れなら、騒いだら外に連れていくのが当然だろうが。

赤ちゃんでない限り、小さな子どもだからおとなしく出来ないということは絶対にありません。「ここはオマエの騒ぐ場所ではない。騒いだら酷い目にあわすぞ。」という母親の普段とは違う気迫なり威厳に気付き、小さな子どもでも場所をわきまえることは絶対にできるはずです。

現にうちの下の子は3才でしたが、そのとき約30分間ですが、体操座りでおとなしくしていました。微動だにしなかった。少しでも動けば、彼の太ももにアザが出来るほどつねっていたと思います。

また、母親たちはすぐに先生の悪口を言いいますが、私はアンチバカ親であるので、どんな先生でも一応尊敬し同情することにしている。いい先生もわるい先生も含めて、母親の狭い価値観だけでなくいろんな人間がいることを知り、子どもは大人になって行くのです。それをあーじゃこーじゃうるせえんだよ。

バカ親に会ったら付き合いしないに越したことはありません。それが私の健康法です。

2010年3月 1日 (月)

幸福になる秘訣は自分の幸福を考えないことだ

今日は昔自分が中学受験を見ていた頃の生徒のお母さんより電話がありお茶をしてきた。

その仕事はもうやめてしまったので残念そうだったが、昔取った杵柄でなにかお役に立てることがあればと相談にのったのだ。何を隠そう、私が過去にみた生徒は男の子なら東海、女の子なら南山と次々に合格している。今年も東海に合格しましたと連絡があった。えっへん。

1時間ほど話をして、さして役に立つこともできなかったなぁとも家に帰って来て思ったが、少し浮かない顔をしているお母さんを励まして来た。子どものことはいつも気にかかるものではあるが、お母さんががまず幸福な気持ちでいることが、子どものとっても何よりの幸せだと思うからだ。

そして幸福に思うには、まず、自分のことは度外視することこそ、幸福を感じる一番の秘訣だと思う。自分が、自分が、という気持ちでいる人は不幸な顔をしている。

いや、このお母さんが不幸な顔をしていたわけではない。お母さんは幸福そうだった。

もっと幸福になってもらおうと、3月14日のデモにも誘っておいた!お母さんは眼をまるくしていた。
あはは!!多分来てくれると思う。

3月の活動のお知らせ

【反民主党デモ&街宣!】

時 3月14日(日) 13:00〜 
所 名古屋駅ナナちゃん前(その後西柳公園からデモ隊出発します)
主催は在特会


【山尾しおり議員に抗議!】

山尾議員には外国人参政権の賛成理由を何度も伺っていますし、アポをお願いしていますがが、返事1つありません。今日も電話をしたら、はぐらかしばかり言って国民を完全にナメています。

時 3月21日(日) 13:00〜 
所 山尾議員事務所前

【外国人参政権反対の街宣&ビラ蒔き】

時 3月28日(日) 13:00〜 
所 地下鉄星ヶ丘駅前

よろしゅうたのんます。 o(_ _)oペコッ

Photo_9


本日の活動

今日は、外国人参政権反対の周知活動をした。地味な活動のわりに新しい参加者がたくさん来てくれた。19人中新しい人が半数ほどだった。

反創価学会の宗教団体の方も、私をオルグしようと来ていただいた。我々の活動は街宣時間よりもお茶の時間の方が長いのが常であるが、お茶の時間にオルグされまくった。あはは。協力関係はいいけれども、オルグはしてもされませんぜ。あま〜〜〜い!(*^m^)

Photo_8某宗教団体の方とツーショット。


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